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【72候小説】蚕起食桑ーかいこおきてくわをはむー②

72候×みんなのフォトギャラリーをイメージの起点にした小説です。
前編はこちらからどうぞ!



 翌日、雨が上がったので花粉症の薬をもらおうと眼科へ行った。初診は簡単な検査をするということで一通り検査してもらってから診察へ行くと、真顔の医者が僕を待っていた。
「今まで、眼科には定期的に通っていたのですか?」
「花粉症の時期だけ薬をもらいに行ってました」
「じゃあ、こういう検査はあまりしていなかったですか」
「そうですね、何年もやってなかったと思います」
「そうですか」
 そう言うと、今日撮ったらしい画像を見せられて一言、告げられた。
「多分、緑内障の可能性が高いと思います。こういう映り方をしている方に多く見られるので、追加の検査をした方がいいかもしれません」
 若い人にも増えているとか、眼圧が高くなくても緑内障のパターンがあるとか説明を受けたけれど、早期発見は大事だということだったので、すぐに追加の検査をしてもらった。
 結果は来週だという。
 雨模様の多い一週間がより、憂鬱になるなと思いながら翌週の予約をして眼科を後にした。

 その一週間で、驚くことに二回も彼女に遭遇した。
 何かGPSでも仕込まれてつけられているのかと一瞬考えたけれど、まさか食べ物をねだるために女の子がそこまでするとは思えず、すぐにその考えを捨てた。そして、見とれるぐらいの食べっぷりを眺めるために、定食屋に付き合い、二回目は総菜屋でおにぎりを十個買ってやった。
「今日もありがとう」
「今日はいい天気だったから、公園でゆっくりするのにちょうどいいと思ってね。どうだった?」
「そうね、美味しかったし気持ちいいわね」
 彼女はさらりと長く細い髪をかき上げる。初めて会った時より、緑色が薄くなり白っぽくなっている。染めた色が抜け始めたのかもしれない。
「相変わらず生サラダなの?」
「そうね。そればっかりよ。でもそれが一番お腹にたまる気がするの。こういうのも美味しくて大好きなんだけど、この時期は葉っぱが一番コスパがいいわ」
「食事にコスパって使う子初めてだな」
「あら、あなたにとっても私に食べ物をくれるのがコスパがいいのよ」
「意味が分からない」
「そうねぇ、これからあなたは」
「お嬢様」
 いいタイミングでお迎えの三人組が姿を見せる。今日のスーツ二人組は両方女性のようだ。
「そろそろよろしいですか」
「ええ、とても美味しいおにぎりをいただいたの」
「おいくつほど」
「十個ほど」
 彼女が思い出せないように眉間にしわを寄せたので僕がそう伝えた。
「またそうやって」
「でも、この人には」
「それはもうわかりました。ほら、これ以上ご迷惑をおかけしては」
「迷惑じゃないわ。だって、この人には目の」
「とにかく、しっかりお礼をお伝えしてください」
「ちゃんと言ったもの。今日もありがとう」
「いえ、こちらこそ楽しい時間でした」
「今日もご迷惑をおかけしました。ありがとうございました」
 彼女は若干拗ねたような顔をしながらあごを突き出すようなお辞儀をして帰っていった。
 その様子は幼稚園児のようで思わず笑ってしまった。
 翌日、眼科に行くと、前回と同じように真面目な顔をした医者が真面目な口調で検査結果を教えてくれた。
「緑内障で間違いないと思います、ただ、視野検査ではまだ見えにくい部分がわずかにある程度だと思いますので、点眼薬で様子を見ましょう」
「そうですか、わかりました」
 実感がなく、あっさりと受け止めてしまった。
 いや、受け止めていないのかもしれないが。
 痛くもかゆくもなく、特に症状がない今そう言われてもよく分からなかった。
 ぼんやりしながら、説明を聞き処方箋を片手に病院を出ると、そこに彼女がいた。
「あなたは大丈夫よ」
 唐突に彼女は宣言した。それはもうきっぱりとした口調で、思わず笑ってしまった。
「何が大丈夫なのか聞いてもいいかな」
「あなたはこれ以上どうにもならないわよ。すくなくとも目に関してはね」
「なんで知っているの?」
「私はもうしばらくしたら、動けなくなるからその前に言っておきたかったの。ちゃんとお礼はするから、待っててね」
 相変わらず意味が分からないが、彼女に合ったら何かあげなきゃいけない気がして、鞄の中に入れていた飴を一つ渡してあげた。
「あら、ありがとう。いい心がけだわ」
 彼女はいたずらっぽく笑うと、ポイっと口に飴を放り込んでスキップをしながら行ってしまった。あんな大きな女の子のスキップを見るのは初めてだった。
 わずかに気持ちが明るくなったの感じて、気にしていないようでやっぱり何かしら感じていたらしい。僕は彼女の後姿に感謝しながら、その姿を見送っていた。

 それから一週間。彼女は姿を現さなかった。
 もともと、どこの誰かもしれない面白い女の子だったなぁと思いながら、両親に自分が緑内障であることを告げた。遺伝の可能性もあるとのことだったので両親にも検査をすすめたのだが、帰ってきたのは心配と叱咤の言葉だった。
「まったく、あんたも携帯とかパソコンとかばっかりしてるから目が悪くなったんじゃないの」
「そういうことじゃなくてね、今電話したのは」
「昔からあんたは背中丸めて、暗がりで本読んだりしてたし」
「普通、励ますんじゃないの。こういう時って。どうしてそう言う方向に話が行くんだろう」
 思わずそう言うと、母はぶつぶつとショックを受けてる風がないから、とか言い訳めいたことを口にしていたが、しばらく押し黙った後にこう言った。
「ちゃんとお参りしなさいね。氏神様と、どこか眼とか健康の神様とか」
 母のお詫びの言葉だろうと、分かった、と返事をして電話を切った。
 近所探索にもいいかもしれないと調べると、徒歩十五分ぐらいのところにそれらしき神社があるようだった。なかなか立派な神社で歴史も古いようだ。
 なんとなく身を清めてから、と頭をよぎりシャワーを浴びてから神社に向かった。
 
 そこは、比較的敷地も広く、小さな祠のようないくつかの神様を一緒に祀っている神社だった。植えられている木々も立派なものが多く、気持ちのいい神社だった。
とりあえず一つ一つ説明を読みながら、大小の社に手を合わせた。
 ふと、人の気配を感じて振り向くと、そこに見知った顔があった。
「あ、あなたはお嬢様の」
「あの女の子の保護者の」
 お互い同時に口を開いて、同時に会釈していた。
 スーツ二人組を引き連れて、彼女を迎えに来る男性が、神主の格好で竹ぼうきを手に立っていたのだ。
「あなたは目を気にされているなら、そちらの社の神様がいいかもしれません」
 神主らしいことを言いながら、こちらにやってくる。
「最近彼女を見かけませんが、その後お元気ですか」
「そろそろ繭に籠る時期ですから。元気かと言われると、なんとも言えませんが、大丈夫ですよ。あなたのことを気に入ったようですから、しばらくしたらまたそちらに行くかもしれませんので、連絡先を交換させていただいても?」
 そりゃあ、毎回探し回るのは大変だろうし、僕としてもいつも食事をねだられても金銭面で困る。素直に連絡先を交換しながらも、気になったことを口にした。
「その繭に籠るっていうのは」
「そうですね、長く眠るんです。五月ぐらいから、とにかくよく食べるようになって髪が白く長くなると、眠りにつきます。その間白い髪がすごい早さで伸びるので女性たちが世話をして」
 そういう家系らしい。何世代かに一人、たまに女性にそういう特異体質が現れるんだとか。そういう女性たちは必ず白、と名付けられて大切にされるらしい。
 まるで、お蚕様でしょう、と男性は微笑んでつぶやいた。
「あちらの神の、現人神じゃないかってこの地域では有名なんですよ。昔は養蚕が盛んな地域でしたから特にそういう風にあがめられていたんですよ。それで古い時代からこの神社が仕えて守っているんです。現人神とまでは思いませんが、まれに不思議な力も見せるのでね。あなたのこととか」
 そう言うと、神主は自分の目をとんとんと示した。
 そう言えば彼女は僕の目のことを知っていた。僕が越してきたことも知っていた。
「私自身、彼女の力をどう受け止めていいのか分からないのですが、彼女自身も深く考えずそういうモノだ、と考えているので、私もそう言う風にとらえています」
 超能力だの、神通力だの、頭がおかしいだの、とらえ方は様々あるようですが、分からないものは分からない。彼女が元気に笑顔で暮らせればいいのだと。
「お腹がすくのはこの時期だけで、普段は普通ですから、ご迷惑をかけることもほぼないと思います」
 そういえば、あのカフェの女性は、そういう時期、と言っていた。
「お嬢様が言うことは、基本的には嘘はないので信じてもらって大丈夫だと思いますよ」
「大丈夫、と言われました」
 彼女ははっきりと確信をもってそう言っていた。
「これ以上どうにもならないと」
 男性は柔らかく笑う。
「それなら、きっとそうなのでしょう」
 僕は、男性に深く頭を下げてから、教えてもらったお社に丁寧に感謝を伝えて神社をあとにした。

 それからも、たまにあのカフェや神社に顔を出した。
 一人暮らしには、近くに美味しい定食が食べられる場所があるのは大助かりだし、それまでそんな習慣はなかったが、神社にお参りすると不思議と背筋がすっとする感じがする。
 カフェの女性は、案の定あの神社の熱心な氏子さんで、彼女のことをよく知っていた。
「あの子にね助けてもらったことがるの。姉の子が留守番中にやけどしたみたいだって。一人で苦しんでるよって。半信半疑で姉の家に電話したら出ないし、姉に電話したら確かに留守番してるって。二人であわてて駆け付けたら、一人でお湯を沸かして、それをこぼして広い範囲のやけどで」
 彼女はしみじみと、恩人なのよ、と微笑んだ。
「あんまり持ち上げると嫌がるからね、いつでも美味しいご飯食べさせてあげるって言ってあげたの。そっちの方が喜ぶでしょ。この時期以外でも食べるのが何より大好きな子だから」
 思わず笑ってしまった。彼女らしい。
「でも、あそこの神主さんも大概よ。いつでも必ず、白ちゃんの場所がわかるの。どうしてわかるのか、と聞いたらなんとなく、ですって。白ちゃんが生まれた時もなんとなくわかったって言ってたわよ。この子が、言い伝えの次の『白』を継ぐ子だなって」

 彼女が姿を見せなくなって二か月経つ頃、眼科の帰りに神社に顔を見せると、神主さんがにこにことしながら社務所から出てきた。
「なんとなくあなたかと思いましてね。これ、彼女から渡すように言われてまして」
「あ、目が覚めたんですか」
「少し前にね。ずっと寝たきりだったから、体を戻すのにしばらくかかるんですよ。筋力も落ちてるし、食事もゆっくりと普通にもどさないといけないから。それで暇だからって、これをあなたに作ったようです。身に着けていろって。男性なら足首にでも結んでおけばいいだろうって」
 差し出されたのは白い絹糸でできたようなミサンガだった。
「これってもしかして」
「事実を知っていると気味が悪いと思うかもしれませんが、これはたしかに効果があると保証しますよ。現に彼女の髪は上質な絹糸以上に価値もあるし、何年も先まで予約が埋まってますからね」
 女性以外に興味を示すのはまれだと言いながら、神主さんは僕の手を取ってそのミサンガを握らせた。
「おしらさまのお守りです」
 そう言って、微笑むと神主さんは仕事があるので、と社務所に戻って行ってしまった。
 手に残されたミサンガを見つめながら、また彼女が現れた時のために美味しい食べ物のお店を探しておこうと思った。それが彼女への一番のお礼になるだろうから。


 急ぎかき上げましたので、誤字脱字、何より練り足りない感じも致しますがなにかあればアドバイスいただけますと幸いです。
次は5月26日頃「紅花栄」に更新いたします。
よろしくお願いいたします。



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