「忘れる読書」を読んで
落合陽一著「忘れる読書」(発行所:PHP研究所)を読んだ。
著者の本は、何冊か読んだことがあるけど、何を読んだのか、忘れた。 そう。昔っから、物忘れが多い。
家族や友人に、「〇〇っていう本に、△△△なんて書いてあった」とか、「あの映画のこんなシーンは感動した」とか話すが、それさえも忘れてしまう。 家族から、「昔、□□□□□って言ってたね」と聞かされても、そうだったかなぁ、と思ってしまう事が多い。
そんな日々なので、書店で本書を見かけ、
忘れていいんだ!
即座に買ってしまった。 私のための本じゃん。
人それぞれの本の読み方
開いてみると本書は、著者流の本の読み方をまとめたもの。
面白かったのは、「ザッピング読み」 これに近い事はよくやってたのだけど、何となく、読み終えてない後ろめたさが残ってた。けど、それでもいいんだと、気楽になれた。 著者の発想の自由さには、脱帽だ。
もちろん、私の本の読み方とは違う。いや、本の読み方なんて、ひとそれぞれでいいし、他の人がどう読もうと、どうでもいいか。でも、著者のいろんな読み方を見て、少し気軽になったのは事実。
試しにWebで「本の読み方」って検索した。ら、あれこれ出てきた。 中には、「正しい本の読み方」なんてものがあった。
いろんなことを考える人がいるんだな。
著者の読み方も、私の読み方も、「正しい本の読み方」じゃないみたいだ。 なんだかヘンな感じ。
私の場合、
・コーヒーなんかを飲みながら、じっくり読む
・読んでは考え、調べて考え、また本に戻って読む
・少し読んで、飽きたら他の本に移り、いつかまた、戻って読む
・細かな所はサラッと流して、ストーリー中心の飛ばし読み
・辞書のように、目次や見出しで検索して、そこだけ読む
・挑戦するけど、読み切れずに終わる、などなど
私一人でも、こんなにいろんな読み方がある。著者とも違う。きっと、世の中には、もっといろんな読み方があるんだろう。
食の好みと一緒で、自分なりの嵌り処があって、好き勝手に読めばいい。
記憶に残る本
「心に残る一冊」とか、「感銘を受けた一冊」を挙げよ。
と言われるのが一番困る。
いつだって、ひとつじゃない。読む時だって、あれもこれも同時に読んでるし、自分なりに、意味深いものがある。 「ためになるなぁ」と思う本もあるし、「勉強になった」と言う本もある。「面白い」本もあるし、「ドキドキ、ハラハラ」だってある。
毎日、毎日、あれこれと、どれほどの数の本を読んだんだろう。
わからないけど、結構な数のはず。
でも、まぁ、忘れてる。
先般、読書感想文に書いた、お気に入りの「隠蔽捜査シリーズ」だって、もう10冊にもなっているけど・・・どれだけ覚えてるだろうか。
小説やミステリー等々は、飛ばし読みが多いので、頭に残らない。のかも知れない。けど、仕事で読む本だって、すぐ忘れる。もちろん、面白かったという印象と、著者名や書名くらいは覚えてるのもあるけど・・・
もちろん、仕事で学んだ本とか、あれこれ考え続けた本なんかは、比較的、頭に残っている。 心のどこかに引っかかっていたフレーズが、突然湧き上がってくることもある。
不思議だ。「人間の記憶」
これも、ちょっと調べてみたくなるテーマだな。
そう言えば、半年ほど前に、澤田誠著「思い出せない脳」という本を買って、机の上に鎮座してる。ひょっとすると、「読書と記憶」について、考えたことがあったのかなぁ・・・それすら忘れている。
(敬称略)
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?