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組織のモチベーション(6)「日本企業の組織形態はどのように変わってきたか?」

 前章の後半で、組織の気質である“成長志向”性と“安定志向”性や、組織の形態である“共同体”度と“機能体”度は、時代とともに時間差を持ちながら変化すると書きました。その典型的な事例である、高度成長時代から現代に至る日本企業の変遷について、組織の気質や形態の視点で振り返ってみたいと思います。

 日本は、1955年から1973年の18年間に世界的にも類を見ない高度成長を遂げました。企業は、自然と成長志向となり、売上拡大という目的の達成を目指しました。社員も企業が成長する事で、給料アップや昇進につながるため、猛然と働きました。この時代の日本企業は、徐々に機能体度を高めつつありました。

 しかし、純粋な機能体にはなりませんでした。当時の日本企業はそれ以前の伝統的な家族経営の特性を色濃く残していました。年功序列、終身雇用、企業別組合を前提とし、さらには社員旅行や懇親会などによって、従業員の帰属意識と結束力を高める事に力を入れていました。まだまだ、共同体度の高い組織だったと言えるでしょう。

 つまり、高度成長という追い風があまりにも強かったため、日本企業は、共同体組織の特性をそのままキープしながら、売上拡大という外的目的を次々と達成してきたのだと思います。この機能体と共同体が融合された組織の状態が日本的経営と呼ばれ、日本企業の強さの源泉として、世界に絶賛されました。

 高度成長期が終わり、バブル期がやってきます。バブル期は実のところ、株価や不動産価格以外は成長していないのですが、成長志向は高まる一方のため、個人の旺盛な消費意欲は衰えず、好景気が続きました。これによって、日本的経営が否定されることは、あまりなかったのですが、徐々に共同体であることを煩わしいと感じる社員が増え、企業内での仲間意識や結束力は弱まってきていました。

そして、バブルが弾け、一気に日本経済の成長が鈍化する事になり、ひずみが生じ始めます。低成長時代では、企業は収益拡大という目的がなかなか達成できず、日本的経営に疑問が生じます。

 何がなんでも目的を達成していかなければいけない企業は、グローバルスタンダードという名のもと、目的達成に特化した欧米のドライな機能体組織を見習い、日本的経営を捨てて、純粋な機能体化を推し進めようとします。

 従業員は家族だなんていう企業は減り、従業員を駒として考えて、できるだけ派遣社員を増やします。そして、シビアな成果主義を取り入れて、効果効率を第一に考えた、機能体度100%の組織を目指し始めます。

 このような純粋な機能体組織では、従業員は常に成果目標(ノルマ)というプレッシャーをつきつけられます。また、少しでも効率性を上げるための過剰労働を強いられることがあります。高度成長時代には、個人は自己犠牲を強いられても、努力をすれば成果目標が達成できたため、精神的にも金銭的にも報われました。そして、企業も余裕があったために、社員との絆を重視して、個人が報われるような努力をしてきました。しかし、低成長時代には、個人はかなり無理をしないと成果目標を達成できず、追い込まれます。しかも、そんな個人に対して、企業は共同体的なケアを行う余裕がありません。

 真面目過ぎる従業員は、つい無理をして心身を病んでしまったりします。また、何がなんでも成果目標を達成しないといけないというプレッシャーから、企業や従業員の不正が増えます。

 これが現在起きている労務問題であり、ブラック企業と呼ばれる企業が生まれる要因だと思います。

 欧米では、従業員が機能体に属しているという割り切りを持っているため、成長しなくなった企業からは躊躇なく離職し、成長しそうな企業に転職します。日本では従業員に共同体的メンタリティが残っており、つい特定の企業に依存してしまうため、影響も大きくなっているように思われます。

 少し具体的に、このような転換期を迎えた企業の労務問題について、触れてみたいと思います。

 私が2年前まd30年間働いた電通は、まさに機能体と共同体が混在した企業だと思います。どちらかというと共同体の色が濃かったかもしれません。社内外において、人と人との関係性を重視し、「あの人が言うなら・・・」と言う義理人情を大切にしてきました。

 そして、年功序列が比較的尊重され、内部評価による人格者であることが重要視されてきました。さらに現場の意見が強く、上司が頭ごなしに管理をしなくても、現場は自分達でモチベーションを持って、必死に働く会社でした。まさに共同体組織です。

 しかし、共同体であるがゆえに、既存メディアとの関係性を重視し、デジタルへの対応が思うように進まなかったのかもしれません。デジタル分野でのシェアを急速に拡大するという目的を達成するためには、機能体度の高い組織に変わらざるを得なかったのではないでしょうか?

 なぜなら、デジタル・マーケティングは、相手企業との関係性が高いことが、あまり有利に働きません。数字による効果効率が絶対善となるドライな世界です。ここで勝ち残るためには、上意下達による指示を明確にし、従業員は常にノルマと結果に追われる事になります。

 共同体組織のDNAが残っている中で、これだけの急転換を行うと組織内に無理が生じてしまうかもしれません。そして、市場が飽和状態で、思ったほどの速度で成長しないと、従業員に過度なストレスをかけてしまう原因になりかねません。

 低成長時代に入ったら、徳川家康が行ったように、個人も企業も、安定志向気質に変えて、従業員の居心地、安住性を第一に考える共同体組織にした方がいいのでしょうか? 政府は、働き方改革によって、そちらの方向に企業を導いているようにも見えます。

 しかし、そもそも機能体であるべき組織が、低成長時代に共同体化していくことは、大きなリスクを伴います。場合によっては、組織が死に至る病にかかる可能性があります。

 次回は、その事について、考察したいと思います。


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株式会社Que取締役。