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セクハラは面白くないです

女性の方でセクハラを受けたことがある人は少なくないだろう。嫌だと言うことをはっきり言えたらいいのだが、立場上言えなかったり、周りの目が気になって言えなかったりするらしい。
私自身はありがたいことに、今までこれと言って何かされた記憶はない。明らかな男女差別には『フェアじゃない』とはっきり発言していたし、何かセクハラ紛いのことをされたら直ぐに反論してやる!と思って今日まで生きてきた。

ところが今日、職場でセクハラにあった。
何も言えなかった。

正直なところ、その場では『これはセクハラだ!』とは考えていなかった。
不快だったのに自分が一番最初にとったリアクションは笑うことだった。

劇場の舞台リハでの出来事。子供向けの作品をオンラインで発信するためにダンサー、歌手、ピアニストなどが揃って通し稽古をしていた。
花に水をやる場面で、じょうろを持ったソリスト歌手の一人が造花を持って座っている私の方へやってくる。水やりの演技をしたあとはそのじょうろを床に置く設定だ。ところが今日は、舞台袖にいる同僚に『見てろよ』と言うと彼はニヤニヤしながらじょうろの先を私の股間に当てて置いたのだ。
面白がってやっているだけだ。ふざけて笑いを取ろうとしているだけ。彼は周りをよく笑わせてくれるコメディアンな一面があって、私もよく一緒に笑っていた。今回も悪気は一ミリもない。そんなの私も知っている。
『え・・・?』と思ったのち私は舞台袖で失笑する同僚と共に笑った。お子ちゃまだなーと思い、こんなとこでふざけるなんてと笑ったのだった。正直ちっとも面白くないのに周りの雰囲気に合わせて反射的に笑っていた。

それから数分、造花を持って座っている私の頭にセクハラという文字がよぎる。たった今起きた出来事を思い返して不快に感じる。気持ち悪くなってくる。
五十過ぎの大して親しくもないおじさんが、自分の体にこんなことをして笑いを取ろうと思っただなんて・・・全然笑えない。何が面白要素なのかすらわからない。

こんな冗談を許していていいのか、見逃していいのか、そう考えている間に泣きたくなった。自分の身に起きた時私は反射的に笑っていたけれど、もし誰かがされていたら?例えば将来誰かが自分の娘に同じことをしたら?冗談でも許せない。こんなこと面白がってできるだなんて頭がどうかしている。
どんどん怒りが湧き上がってくる。
そもそも常識のなさに呆れる。ここ最近、世界的に問題視されているというのに。


黙って流すなんてできない。
私は彼に直接自分の意見を伝える事にした。彼に英語が伝わるか微妙なので、誤解を防ぐためポーランド語を話せる年上女性の同僚に一緒に付いてきてもらおうと相談する。
まずは彼女に状況を説明し、自分の意図を伝えていた時だった。
私は唖然としてしまった。
味方になってくれると思っていた同じ女性である同僚が、
『う〜ん、わかるけど、でも別に彼に悪気はなかったと思うよ。そんなわざわざ言わなくてもいいんじゃない?』
と言うのだ。信じられない。悪気があるとかないとか、そんなの関係ない。
事実、私だって笑ってしまった。

何はともあれ許されるべきではない。
黙ってそのままだなんて、そんなの受け入れているのと同じだ。

彼女の反応を思い返すと、自分が大げさに反応している気がしてくる。女性という立場を過剰に意識している気さえしてくる。みんなが普通で、自分が過敏になっているだけなのかも?とさえ思える。そんなに毎回あることでもないし、わざわざ気まずい空気にしたくないなと思う。
あの時、周りは誰も変だと思っていなかった。私だけが反応していた。
実際にどこか触られたわけでもないし、立場が下の私が説教するべきではないかもしれない。たかが冗談の小さな事に文句をつける面倒な奴になりたくない。
そうやってまぁいいかと何も無かった事にした人もいるのではないだろうか。

結局私は今日彼に話しかけるタイミングを逃してしまった。

明日、理解のある同僚に協力してもらって伝えようと思う。
これは、冗談だったとか、私が傷ついたとか、そういう話ではない。
2021年、今の時代これは普通に許されることではなくて、笑えることでもなくて、気軽にセクハラで笑いをとるのは古いのだ。
ノリが悪いとか気まずいとか言われたとしても、私は見て見ぬ振りはしたくない。笑いはみんなが笑えてこそ面白いもので、誰かを不快にさせてまで追求するものではない。自分がどんな意図で会ったにせよ、相手がどんな気持ちになるか配慮できていなければ意味がない。
セクハラが面白いという考えは終わりにするべきだ。

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