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「人生を祝って死にたい」そんな私の野望。

今日はパーソナルな話を綴ります。

私がなぜこんなにも「ライフログ」にこだわるのか。なぜこんなにも「人生を祝うこと」にこだわるのか。

あんまりまとまりがなく、スッキリとした内容にはなりません。だから読みたい人だけに読んでもらえるように有料化も考えたけど、しばらくは無料のままで。心に浮かび上がるありのままの言葉でまとめますね。

「人生」にこだわる理由。

それは私自身の根底に、「この人生でよかったと自分で自分を誇って死にたい」という物心ついた頃から心の奥にあり続ける想いから来ています。

話は、私の生い立ちにさかのぼります。

私は幼い頃からずっと自分の存在意義を求め続けてきました。

私の「明奈」という名前は、「明るかった大輔を示す」と私が生まれる1年前に7歳で亡くなった兄への想いを込めてつけられました。幼い頃から、「明奈ちゃんはお兄ちゃんの生まれ変わりだね」と両親や親戚から言われていました。両親にはたっぷり愛情を注いで育ててもらいました。

それでも幼い私は、勝手にいつも不安だった。

なぜ生まれて来たのか。なぜ兄じゃなくて私なのか。その理由が欲しかった。だからいつも期待に応えたくて必死だった。勉強も運動もそこそこできた。クラスでも結構目立つ方だったと思う。

でも。

だれにも負けない秀でた才能があると思えなくて、ずっとそんなちっぽけな自分と自分が生きる意味と戦っていました。可能性を疑い、いつもひと目を気にしていました。何者にもならないかもしれない人生が怖くて、「どんな道に行くのが正解か」を必死に探していました。

そんな私が「正解の道を探すことに必死になるのではなく、自分で選んだ道を正解にしよう」と決めたのは、就職活動のタイミングでした。

最近では「いつもキラキラしてるね」「あきなさんが憧れです」と言ってもらうことも多くなったけれど、私は今も変わらず自信がなくて弱くて脆い人間です。

だから確かめたかったんだと思う。
自分がどこまでやってきたか。人生で何を積み重ねてきたか。
だから社会人1年目から「振返り」をはじめました。

毎日自分が行った行動を振返り、出来たこと、出来なかったことを分析。その時の感情を書き綴り、見返して、客観的に自分を見つめた。理想を描き、こんな人生を生きたいと願い、愚直に努力を重ねた。
何があっても続けたその作業が私を強くしてくれました。

私にとって「ライフログ」を書くことは、「自分の人生でよかった」と自己承認して、前に進む為に必要な時間だったんだと思います。その時その時に味あわせてくれる、その感情が愛おしくて好きでした。

今思えば、私が「感情」をとても大切に扱うのもそこからきているのかもしれません。

私は人一倍涙もろくて、感情に敏感です。(涙脆さはもはや病気レベルだと言われています。笑)

TVや映画を見ても、プレゼンを聞いても、ヒアリングをしてても、その人の「人生」に触れる話を聞くとポロポロと涙が溢れてきます。それはその人の「人生」を想像して、その「感情」に共鳴しているのだと思います。

「本当はもっとこうしたいんじゃないの?」と問いかけたり、「ここまで本当によく頑張ってきたね」と心の中でハグしたり。この共感性の高さは私の才能だと周りに言ってもらうまでは「なぜそんなにも泣くの?」と聞かれても「わからない。勝手に出てくる」の一点張りでした。

でも去年のグレートジャーニーで、念願のサハラ砂漠に行った時、砂漠を見て湧き上がったのは、

「私はこんな懐のおっきな雄大な人間ではないけれど、たくさんのものを見て、感じて、経験をして、人一倍感情的に人生を味わう人間でありたい」という気持ちでした。

誰かのことを思って涙したり、誰かの理想を自分のことのように大切にしたり、いつだって命や人生の可能性を信じる側に立つ存在。
そうやって感情豊かに生きる人生を求める人に、明るくて大きな希望と理想を自ら示す人であろうと思いました。それが私ができること。それが私が生まれた意味かもしれない。と思えました。

自己否定し続け、自分の存在価値を探し続けた幼少期。
自分の可能性は自分が一番信じようと決意した初めての就職。
一歩踏み出せばセカイは変わると知ったミス・ユニバースへの挑戦。
力をつけるために仕事をする生き方から、自分の才能を活かす生き方をすると決めたCRAZYへの参画。

全ての人生に意味があって今がある。

だから私はプロデューサーとして、「この人生でよかった」と思える瞬間を世の中に一つでも多く生み出すことで、社会に貢献したいと思った。

私が思う「人生を祝う」というのは、自分の人生を味わったり、称賛したり、承認したりする時間のこと。そしてそこに素直な感情が溢れる幸せな瞬間があること。

感情は強制するものじゃないけど、人間にはみんなあるものだから、人それぞれのカタチで、温度感で溢れるきっかけをつくれたらいい。

セレブレーションプロデューサーとして、新たな時代の”人生の祝い”を開拓したい。世界中の自分の人生を愛したいすべての人に、結婚式に限らず「人生を祝う」場を提供したい。

そして世界で一番「感情」を引き出し、「人間くさくて心が揺さぶられる」祝いの場を作るプロデューサーでありたいと思います。

最後に。3年前、初のグレートジャーニーで私が自分自身に宛てたメッセージをのせて終わります。

これが私が貫きたい、私の在り方です。

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あれがしたい、これがしたい。あんな風になりたい。
理想はいつも手が届くところにあるのに、それでも自分ではできないんじゃないか、やるべきではないんじゃないか、そんな小さな自分と戦う時がある。はるか先にある気がして、足がすくむ時もある。

それでも愛おしい自分の人生。できるかできないか、ではなくやるかやらないか。

可能性は自分が信じた分だけ広がる、
踏み出せばいつだって世界は変わる、と私は知っているから、勇気を出して挑んで、理想を自分の手で掴みたい。

大丈夫、人生は驚くほど順調で美しい。
何も疑わずに全力で自分の理想を生きよう。————————————————

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