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獣の解体3年目。今思うことの続き・・・

中村安希

2日前の記事『獣の解体3年目。鹿&猪127頭をさばいて食べた今、思うこと』の続きです。ただし記事をアップした直後に電話があって、その日の午後は鹿を解体、分解、処理、真空パック化に追われていました。2歳くらいの雄鹿でした。ですので今日の記事は、127じゃなくて128頭をさばいて食べた今、思うことです。

4、お肉配りのハードルと方向転換

3年目を迎えて、お肉配りにも新たな変化が起きています。近隣、遠方を問わず、とにかくお肉を配り(送り)まくった1年目。肉の配布先(送り先)を、有効活用してくれそうな人に絞った2年目。そして3年目の現在は、配布量はぐっと減って、遠方への配送はほとんどしていません。これからシーズンに入って捕獲量が増えてくれば多少の変化はあるかもしれませんが、3年目は、身近な人に食べてもらう。料理したものを一緒に食べる。という方向へと変化し始めています。

理由は主に3つあります。

1つ目は、お肉の供給量がかなり減ってきたこと。1年目はとにかく大量の肉が押し寄せてきていたので、冷凍庫の空き容量を確保するために必死で配り、送りまくっていましたが、今は「贈りたい時に、贈りたい人に、贈りたい量を送ることができる」くらいの量まで減りました。冷凍庫に余裕を感じられるって素晴らしいことですね。

2つ目は、鹿肉は受け取った人の負担が大きく、あまり喜ばれる肉ではないということ。「鹿肉いりませんか〜?」と聞いたときに、1度目はたいていの人が面白がってくれました。もの珍しさ、怖いもの見たさも手伝っての反応だったと思います。ただ、受け取ったはいいけれど正直使い道に困った人も多く、長く冷凍庫を占拠した挙句に、最終的にゴミ箱へと消えていった肉も相当量あったのではないかと思います。そこで2度目は、1度目の肉を喜んで消費してくれた人に絞りました。ただ、1度目はもの珍しさで楽しんだけれど、2度目となると正直興味も薄れて、調理が面倒になった人もいただろうと思うんです。反応を見ているとだいたいそういうのは分かります。それに、2度も、3度もとなると、相手も返礼のプレッシャーを感じてしまい、「逆に気を使わせてしまって申し訳なかったな」と思ったこともありました。物を受け取った時って、お礼の返事をするだけでも手間になったりしますから。そんなことで、以前のように気軽には「お肉あるけどどうですか?」と声をかけられなくなりつつあります。

3つ目は、お肉を配ることへの金銭的なハードルが上がっていること。お肉を贈るにあたって、どうすれば相手に喜んでもらえるか、気軽に受け取って食べてもらえるか、ということに腐心してきた結果、精肉のコストは上がりました。真空パックを開けたらすぐ使える!というレベルまでもっていくには、労力だけでなくコストもかかります。あとキツいのは、配送料の値上げですね。冷凍便のお肉を東京まで送ると1500円くらいかかってしまう。10箱送ると15000円。微妙な額ですし、大した額じゃないとも言えますが、多少ハードルが上がったのは確かです。お肉を食べてもらうって、金のかかる道楽だなぁ、と。(笑)

そんなわけで、最近ではもっぱら身近な人たちとお肉を分け合う、という方向へと進んでいます。送料もかからないし、ちょこちょこ物々交換もできたりして気が楽です。それから、野生獣肉にありがちな「受け取った人が困るかも」という悩みは、調理済みのものを一緒に食べたり、調理してからお裾分けするという方法で解決できました。来客があった時に鹿餃子を作ったり、鍋パーティーに鹿スライスを持っていったり、ハイキングに行った時に山で鹿バーガー(ホットサンド)作ってみんなで食べたり。「このお肉の食べ方は〜」と遠方の人に説明するより、「鹿のパイです。どうぞ」と目の前の人に食べてもらう方が楽だったりします。2年間、ひたすら鹿ばかり食べ続けてきて、定番料理も確立しつつありますし、なんと言っても、おいしい食べ方を知っているのは私だからな、と思うようになりました。


5、お野菜とチキンが好きです

解体3年目に入り、野生獣肉ばかりず〜っと食べてきて今思うのは、私は野菜がとても好きだということ。それにお肉では、チキンがめちゃくちゃ食べたいですね。ごくたまにチキンを買ってきて調理すると、ものすごくテンションが上がります。チキンってこんなに美味しかったかなぁ?って。(笑)

鹿肉も簡単に美味しく食べられるようになって嬉しいですが、私は元々肉の消費量が多い方ではなく、野菜や魚が好きなので、え〜っとね、ぶっちゃけ鹿はそんなに食べなくてもいいかな、って思いますね。近所のワンちゃんたち(うちの犬のお友だち)が、鹿肉や鹿の骨、リブ、ジャーキーをすごく喜んで食べてくれるので、月に1〜2頭は獲りたいと思いますが、もうそれぐらいで十分。いや十二分という感じ。今一緒に作業している支部長さんが引退したら、今度こそ私も引退したいと思っています。


6、鹿を放置し続けたらどうなるのかな・・?

駆除をやめて鹿を放っておいたらどうなるのか・・という疑問は、時々頭をよぎります。放っておいても自然界の淘汰圧により、増えた分は減少するのか、それとも農地や地域環境の許容限度を超えてもなお増加は止まらないのか・・。どうなんでしょうね?

今年は解体3年目ですが、木こり3年目でもあって、解体量が減った分、これまでより多くの時間を木の伐採に費やしてきました。そうするとね、いっぱい鹿に出会うんですよ。私たちが木を伐り始めると、チェーンソーの音を聞きつけた鹿の群れが、次から次へとやってくるんです。仲間を呼び合ったりして、お誘い合わせの上でやってきます。私たちが伐倒した木の葉っぱや、枝に絡まった蔦なんかを食べにきます。その姿といったらもう、率直に言って、むちゃくちゃかわいい!です。小鹿なんてかわいすぎますよ。だから、私たちはつい作業の手を止めて、鹿さんたちに語りかけてしまうんですわ。

「た〜んとお食べ〜。ほら、こっちも美味しいよ〜。葛の葉もあるよ〜」って。

た〜んと食べて丸々太ったら、後で捕まえて食べちゃうぞ〜、なんて、最初の頃は冗談(でも本当なんだけど・・)で言ってましたけど、最近は違います。

「た〜んとお食べ〜。食べたら山へ逃げるんだよ〜。間違っても里に来て罠にかかっちゃダメだぞ〜」って。

だって、かわいいですもん。鹿は特にね。毎週、そうやって山で木を伐って、鹿さんたちとおしゃべりしていると、複雑だけどこう思ってしまう。

できれば殺したくないな・・・って。

あの栗田さんでさえ、妙にしんみりと、そう呟いたことがありました。罠にかかった小鹿をこっそり逃してやったこともあったって。逃すのは違反だから、市役所の駆除班が見ているところではできないけど、こっそりやったこともあるよ・・・ってね。それに栗田さんとは、駆除(殺処分)より避妊という方法で頭数の抑制ができないかと真剣に話し合ったこともありました。栗田さんも私もそうですが、山の近くで暮らしていると、鹿は害であると同時に同じ森に暮らす仲間でもあって、害獣だからって簡単には割り切れないところがあります。獲ったからには美味しく食べた方がいい、という考えには違いないですが、鹿殺したぞ、肉あるぞ、バンザーイ!というような単純な話ではないわけです。

野生動物の美しさに心を奪われつつ山を歩き、小鹿の微笑ましい姿をすぐそばに感じながら森の木を伐る日々の中で、ついつい思ってしまうんです。鹿って本当に駆除しなくちゃならんのか?と。ベジタリアンや動物愛護家からのバッシングを受け止め、「残酷極まりない動物たちの敵」というレッテルを背負ってまで、それでも私たちは鹿を駆除しなくちゃならんのか??と。

そんな思いを抱えて迎えた3年目です。高齢の支部長さんの体調も含め、頃合いを見てこの世界(駆除と解体の世界)からフェードアウトしたいなと思うことも増えました。ただ、私が手を引いたところで、現実は何一つ変わることなく、鹿と人との戦いは続いていくのだと思います。3年目の今、そんなことを考えています。




 


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