コラム1

「人生を楽しむ、66歳タクシー運転手さんの秘密」

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雨の日ってどこか憂鬱。

だから「雨の日が少し楽しみになるエッセイコラム」はじめます。

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僕は雨が降る夜中のことを思い出していた。


確か時間は午前0時前。僕は傘を持っていなかった。朝聴いていたFMラジオで「夕方から雨が降るかもしれないよ、傘を忘れずに!」と言われていたのに朝バタバタしていたからか家に忘れて来てしまった。「まぁそんな遅くならないだろうし、大丈夫だろう」と思っていたのにかかわらずに。


気づけばこの時間になってしまった。ちょうど終電が終わる頃、目の前に「空車」の赤ランプがついたタクシーが止まった。ちょうど日付が変わるころだったろうか手を挙げてすぐに気づいてくれた。


タクシーの運転手はドアを開けながら「どちらまで?」と聞かれたので「大通り沿い角のセブンイレブンまで」と僕は伝えた。これで伝わったらこの運ちゃんは道を知っている人だ、いつもそんな感覚で運転手さんを判断していた。


この運ちゃんは「あぁ、あの角のセブンイレブンだな。この先の方じゃないんだろ。おっし分かったよ。」とカーナビを指差しながら、僕の方を振り返って笑った。


「まぁ、運ちゃんはかれこれ30年近くやってるからねぇ。」と目の端に嬉しそうな皺を寄せて笑っていた。「こんな遅くまでどちらまで?」と運転手さんから質問を受けたので僕は一瞬躊躇してから「大切な人に会っていたんですよ」と。「いい週末じゃないですか」と運転手さん。雨音が強くなって、ワイパーを動かす音が少し大きく車内に響いた。


赤信号の交差点、信号待ちになった。運ちゃんがミラー越しに幸せそうな笑顔を見せてポツリと話し始めた。「私にも大事な人が居てね、先週末会っていたんですよ。恥ずかしながら、今年で66歳になるんですが恋をしております。その彼女とデートをしてきたんです。」


僕は驚いて思わず切り返した。
「えっ、いや、60代には見えませんよ。40代前半くらいにしか見えないです本当に。」


運ちゃんは嬉しそうに切り返した。

「いやぁ若い人にそう言われると照れるよ。人生ってね、いくつになっても捨てたもんじゃないですよ。僕はタクシー運転手を続けてきて良かったなぁと思える瞬間があるんです。


それは今日みたいな実は雨の日にあなたみたいな素敵な青年の悩みを聞いたりして表情が変わる瞬間だったりします。いろんな人を乗せて来ましたからねぇ。こんな冴えない男も恋をしている、結構じゃありませんか。はっはっは。」


「まぁ…他人からすると本当に些細な事かもしれませんよ。でもねこんなアメニモマケズ、大いに楽しもうじゃありませんか、人生を。」タクシーはセブンイレブンの前で停車した。僕は料金を支払おうとして、細かい小銭を出すのに手こずった。


運ちゃんは「細かいお金はいいのいいの。恩は違う人へ送りなさい。良き週末を。ってもう終わっちゃったか。はっはっは。」


雨音が大きくなり、ドアが閉まった。僕は66歳の大先輩の瞳に輝きを感じた。生命力というか、こんなに素敵な人の話を聞けたタクシーの車の中が一瞬ドラマのワンシーンの様に思えた。


外は変わらず大雨のままだったが、帰り道はスキップしたくなった。



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