Mi Hijaと彼は言う。


アパートから1ブロック南に行った角に小さな八百屋がある。野菜と卵以外は売っていない。

部屋を借りてから、近く似たようなお店をいくつか回ったけれど、ここの野菜が一番新鮮でおいしい。朝・晩 ちょっと果物が欲しいとき、スープの玉葱がたりないとき、サンダルを引っ掛けてここにくる。

ここで買い物をするのが好きなのにはもうひとつ理由がある。

お店のおじさんの慈しむような笑顔。
Mi Hijaと彼は言う。私の娘よ、という意味だ。 

Que tal, mi hija(私の娘よ、元気か?)
Esta bien, mi hija (私の娘よ、大丈夫だから)
Hasta luego, mi hija (私の娘よ またおいで)

言葉は言葉どおり取るべきものではないかもしれない。アメリカ版知恵袋のスレッドには「スペイン語のmi hijaを英語で言うと?」というトピックが立っていて、そこにはMi hijaにはあまり良くない使い方もあると書かれていた。男性が大人の女性に向かって使うときは、馬鹿にしていることもあれば、誘っていることもあるらしい。私はまだその場面に出くわしていないけれど、そういう使い方もあるのは想像できる。

八百屋のおじさんの Mi hijaは言葉のまま、私の娘よ、と聞こえる。
そして私は彼がその一言できゅっと縮めてくれた距離が、素直に嬉しい。

彼には小学生くらいの息子がいる。夜の時間、彼は時折その子を隣に座らせて、店番をしながら宿題を見てあげている。その優しいまなざしと声のトーンが、そのまま私に向かって こんばんは、mi hijaと言う。

一昨日のお昼は、日差しと乾燥で白くなってしまった私の腕を見て「薬局に行って◯△っていうクリーム買うといいよ」とアドバイスをくれた。

今朝は小銭を探して鞄を引っ掻き回す私を見て呆れて笑っていた。

Mi hijaと彼が声をかけてくれるとき、世界の様々な国で私にまるで自分の娘であるかのように接してくれた人たちのことを思い出す。

たとえば、チリのホストママのことを思い出す。彼女はいつも私にMi hijaと言った。ときに厳しさを、ときに呆れたため息を、そしていつも愛をこめて。彼女は一緒に住んでいた3ヶ月間、私を娘のように育ててくれた。

何日か前に道を聞いたおばあちゃんのことを思い出す。「私の娘よ、右に行けば大丈夫よ」。薄暗くて雑多な昼間の市場で、そのひとことはぽっと温かい灯りを灯した。

オリーブ山で泣いてしまった私を抱きしめてくれたおじいさんのことを思い出す。「私の娘よ、きっと神のご加護がある」。安心と解き放たれた悲しみで、娘どころか赤ん坊のように私は泣きじゃくった。

Mi hijaと誰かが声をかけてくれるとき、知らない風景はすっと身近なものになって、私はそこに自分の居場所があることを知る。血のつながってない誰かとの間に築くことができる関係が、想像よりも深いことを思い出す。

毎日行く八百屋さんでのちょっとした会話は、いまここに暮らしていることに対して日々承認のハンコをもらっているような心地よさがある。小さな袋を下げて店を出ようとするとき、「目の前の何気ない景色にはたくさんの時間と可能性が含まれているのよ」と優しく背中を押してくれるのだ。

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作家。遠い場所や人との境界が消える瞬間を求めて旅をする。 「10年後、ともに会いに」「草原からの手紙」(クルミド出版)。新作が英治出版より近日発売予定。 2017年夏に娘を出産し、一軒家のシェアハウスで娘と5人メンバーとともに暮らしています。