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今も旅の道すがら 東京•下高井戸の立ち飲み屋「恋々風塵」 オーナーインタビュー

東京の杉並区にある下高井戸は、商店街とレトロな映画館があり、下町の懐かしさが残る町。新宿や渋谷へのアクセスも良く、住みやすい町として人気です。私が時々この町を訪れる理由は1つ。友人が経営するバーに行くためです。

オーナーは写真学校で出会った廣田塁(ひろた るい)さん。当時は長髪でヒゲを生やし、いつも大きなカメラバッグを持っていました。そう、絵に描いたようなバックパッカーの風貌です。音楽と旅をこよなく愛し、在学中はミャンマーで撮ったフィルム写真を作品にしていました。

そんな彼が写真学校を卒業してまもなく、地元の下高井戸でバーを始めました。その名も「恋々風塵(れんれんふうじん)」。下高井戸で異彩を放つ立ち飲み屋を始めたきっかけを聞いてみました。

恋々風塵のオーナー、ルイさん

映画に出てくるような立ち飲み屋のはじまり

開店前の恋々風塵。店内はカウンターがいっぱいになると、外のテーブルを広げて賑わいます。

ーーあらためて、お店を始めた経緯を教えてください。

今年12周年を迎えたので、オープンしたのは 2011年ですね。当時、地元(下高井戸)の仲間と飲んでいたときに、駅前の物件が空くらしいという話題になったんです。後輩たちに「あそこで飲食やったら面白いよね」って言われて。立ち飲み屋にぴったりの物件だから確かに面白そうだと思いました。

当時はまだ下高井戸に立ち飲み屋がなかったから、新しいことをやるという意味でもいいなと思いました。心のどこかで、飲食をやってみたいと思ってたのかもしれません。

ーー急に決まったんですね。 飲食業界は未経験で、どのように始めたんですか?

最初はすべて自分でやりました。1〜2年は休まず毎日お店に立ってましたね。それこそ飲食店で働いた経験はないし、プライベートでもほとんど料理をしなかったので、まずは料理の勉強から。自分で決めたメニューを1年くらい毎日作り続けました。最初はタイ料理を中心に、生春巻きや炒め物、あとはおつまみ類を練習しました。

ーー初めてづくしで大変ではなかったですか?

初めてではあったんですけど、基本的に創作することは嫌いじゃないから、料理は苦になりませんでした。あと、うちは商売家系でサービス精神があるから、飲食業は向いてたんじゃないかと思います。

ーー「恋々風塵」というお店の名前はどうやって決めたんですか?

店名の「恋々風塵」は80年代の台湾の映画が由来で、映画マニアの友人がつけてくれました。下高井戸は映画館(下高井戸シネマ)がある町だし、映画のタイトルにしたらいいんじゃないかって。彼は大手広告代理店の売れっ子ディレクターなんです。だから「ルイくん、コピーライトしてあげるよ!」と言って名付けてくれました。

スパイスのように多様な個性があふれるコミュニティ

恋々風塵のバーカウンターに並ぶスパイス

ーーどんなお客さんが来ますか?

基本的に下高井戸の近くに住んでる人が多いです。仕事帰りの人や学生さんも来ます。立ち飲み屋だから、やっぱり1人で来る人が多いですね。「個性的な店だから入りづらい」と言う人もいますけど(笑)

ーーどういうところが個性的ですか?

いつも夜8時半くらいにオープンして、朝までやってたりするんです。その時間に音楽が流れてて、立ち飲みでワイワイ騒いでるってことが、一般的なお店ではないかもしれないですね。

地下にある隠れ家のようなお店なら珍しくないかもしれないですけど、ここは駅前の表立った場所にありますから。どうしても目立ってしまうというか、オープン当初は毎日のように通報されてました(笑)

ーーそれは確かに珍しいし、大変でしたね。

でも俺も良い子ちゃんでいようなんて最初から思ってないし、いいって言ってくれる人がいれば、アンチヒーローでいいと思ってます。 カルチャーってそういうものだと思うんですよね。

ーーわりと最初からお店は繁盛してたんですか?

はい。こういうタイプの店がこの町にはなかったから、すごい反響でした。 酒屋さんにも、「この坪数に対してお酒の輸入量が尋常じゃない。こんな店を作れる人はいない。」と言われていました。

ーーお客さん同士の人脈が繋がってるイメージがあります。

そうですね。人づてに聞いて来るお客さんが多くて、噂がどんどん広がっていくんです。だから違う町で飲んでるときに、「下高井戸の恋々風塵やってます」って言うと、驚かれることも多いです。「あの伝説のお店のオーナーさんですか!」って。

ーー 恋々風塵の良さは何だと思いますか?

みんながコミュニケーションをとれる場所であることですね。1人暮らしで会社と家の往復だと、1日ほとんど誰とも話さなかったりする人も世の中にはいますよね。そういう人がこの店に来て、お客さん同士で話す。俺と話さなくても全然良くて、お客さん同士で仲良くなればいいんですよ。コミュニティですよね、お酒があれば話しやすいし。

会社の付き合いじゃないところで話して、 楽しくなって帰って、また明日から頑張ろうと思える場所ならいい。夜中の1時2時まで飲んで、次の日は朝7時起きで出社してるお客さんもいます。睡眠時間を削ってでも、ここで飲む価値があると思ってくれているからですよね。

ーー私も何度かこちらのお店に来たことがありますが、店員さんも個性的で面白いですよね。

いろんなスタッフがいますね。音楽やってる子とか、俳優やってる子とか。好きなことをやって生きている子が多いです。もともとお客さんだった人が、うちで働きたいって言ってスタッフになってくれたパターンがほとんどですよ。

多様な個性を受け入れられるのは、旅の経験があったから

ーールイさん自身が人に対して許容範囲が広いですよね。だから個性的な人たちが集まるのかなと思います。

そうですかね。世界を旅して視野が広がったからかもしれないです。旅をすると違いを受け入れるようになりますよね。

ーー 最初の旅はどこへ行ったんですか?

17歳の時、初めての海外でアメリカに3ヶ月くらい行きました。友達が向こうに住んでいたので、春休みや夏休みはいつも遊びに行ってました。

タコマっていう、シアトルの下にある小さな町です。当時は少し治安が悪かったけど、差別されるような経験はありませんでした。向こうでは漢字が流行ってて入れ墨をする人も多かったし、 日本人っていうだけで興味を持たれましたね。

俺はずっと音楽をやっていて、 高校時代にはすでにDJイベントを企画したりしていたから、 ファッションも派手で、友達もみんな音楽好きで金髪やドレッドでした。それがアメリカ人にとって面白かったのかもしれないですね。

ーー 写真学校で出会った頃は、アジアの写真を撮っていたイメージがあります。

そうですね。アジアはほとんど行きました。日本1周もしたし、 お遍路さんのように四国を歩いて1周したこともあります。アジアで最も多く行ったのはミャンマーですね。写真を撮るようになってからです。

ーー なぜアジアの中でもミャンマーだったんですか?

当時インドを撮る人がすごく多かったから、同じことをするのは嫌だなと思いました。他のアジアでドキュメンタリー写真を撮ろうと考えたときに、あの頃はまだミャンマーで撮ってる人がほとんどいなかったんですよね。

写真家の上田義彦さんだけが唯一ミャンマーで有名な写真を撮っていて、彼は大判カメラでポートレートを腰を据えて撮るみたいな感じだったけど、俺は35ミリの一眼レフでスナップというか、もう少しストリートっぽい撮り方をしてました。もっと密着して、距離感が近い写真を撮ろうと思ってました。

運命の流れに逆らわず、直感的でいること

ーー 写真を始めたのは音楽がきっかけですか?

はい。旅はずっと好きだったから、ライブの時に後ろで写真の映像が流れたらいいなと思って撮り始めたんです。そしたら写真の評判がすごく良くて、だんだん仕事になっていきました。でも技術的なことを学んだ訳ではなかったから、音楽を辞めて、写真学校に入ったんです。

ーー 音楽を辞めるという大きな決断をしたんですね。

正確に言うと占い師が決めました。

ーー 占い師ですか?

はい。30歳の時に音楽を続けるか迷ってたら、知り合いに「超有名な占い師を紹介するから、1回会ってみたら」と言われたんです。それで会ってみたら、能力の全くない俺でも分かるくらい、明らかに普通の人とは違いました。目線もずっと俺の後ろ側を見て会話してる感じで。

その人に「あなたにとって音楽は命と同じくらいの位置にあるから、音楽はあなたの生き方を豊かにするツールではあるけど、音楽が生業ではない」と言われたんです。

ーー ドキッとしますね。ルイさんの生業は何だと言われましたか?

 普通は1つの魂に1つ、やるべきことが決まっているらしいんです。でも、そのやるべきことを生きているうちに成就できずに死んでしまう人も世の中にいっぱいいると。俺の場合は特殊で、成就できなかった8人分くらいをクロスオーバーで継いでるらしいんです。だからあなたは他の人より多くやるべきことがあると。その中の1つがカメラマンだったんです。

ーー 面白い話ですね。カメラマンに心当たりはありましたか?

その時はカメラなんてやったことなくて、ありえないと思いました。でもその出来事を忘れて1年ぐらい経ったら、 気づいたら俺、カメラやってて。そういえば前に占い師にカメラマンになると言われたことを思い出したんです。当たってましたね。

8つのうち他の職業が何だったのか覚えていないけど、たぶん飲食業も入ってる気がします。魂を成就させるために色んなことをやるエネルギーを持ってると言われたんで。 

ーー いつも直感に従って生きている印象があります。

若い頃は自覚がなかったけど、そうかもしれないですね。 今は、なるようになると思っていて、先のことはあまり考えてません。 なりたい自分を明確にしようみたいな話ってあるじゃないですか。それが俺には全くないです。なりたいものなんて、ない。 流れに逆らわず、身を任せるだけでいいと思ってます。今も道すがらだろうし、この先また違うことをやってたとしても驚かないですね。

お世辞ではなく、人生で食べたカレーで1番美味しかったです…!
トムヤムおでん。辛いものが苦手な私でも食べられる優しいお味でした。

編集後記

私から見た10年来の友人であるルイさんの印象は、いつも自分のやりたいことに忠実で、いい意味でワガママに生きている人。それでいて他人に対する懐は深い。あまり他にいない生き方をしているので、少し不思議にも思っていました。そんな彼が下高井戸という静かな町で立ち飲み屋を始めて、人が出会う場所になっている。運命の流れを静かに見ている彼が、次はどこへ向かうのか。楽しみにしています。

店名:恋々風塵(れんれんふうじん)
住所:東京都世田谷区松原3-42-4
東急世田谷線・京王線下高井戸駅から徒歩すぐ
営業時間:20:00~翌5:00(営業時間は変更になる場合もあります)

最後に、ルイさんは都内で他に2店舗バーを経営しているのでご紹介させてください。

店名:霧の中の風景
住所:東京都世田谷区三軒茶屋2-13-10
営業時間:20:00~翌5:00(営業時間は変更になる場合もあります)

三軒茶屋の「三角地帯」と呼ばれるディープな飲み屋街にあります。雰囲気のあるバーで、こちらも立ち飲み屋。面白い出会いがありそうな場所で、おすすめです。

店名:herb&spice curry キッドナップブルース
住所:東京都杉並区方南1-53-2
最寄り駅は方南町か代田橋。
営業時間:20:00~翌5:00(営業時間は変更になる場合もあります)

カレー専門のバーは珍しいですよね。恋々風塵のカレーの評判が良く、こちらのお店を出すことになったそうです。

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