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FC物語(8)コロナ後の大学生の状況


コロナ後はゼロリセットでの再出発

フューチャーセンターを立ち上げて9年目の2020年、世界は未曾有の感染症に直面しました。大学も全面オンライン授業となり、ゼミ活動も例外ではありませんでした。教育・研究活動に多くの制約を受けたので、2020~2022年はフューチャーセンターはオンラインのみでの開催となりました。卒業研究発表会のような報告形式の活動はオンラインでもほぼ影響なく実施できたのですが、それまで評価されていた温かい雰囲気のワークショップをオンラインで再現するのは困難でした。加えて数年間に渡った自粛期間中はワークショップの開催が難しかったことに加え、ゼミ生の卒業に伴う入れ替わりがあったため、これまでの知見や経験をうまく継承できませんでした。学生達もコロナの中で学生生活を送ってきているので、そもそも何かの集いに参加した経験が少なく、ワークショップというもののイメージもほとんどない。その結果、2023年にようやく対面でのワークショップが開催できる状況になりましたが、ほぼゼロリセットで再出発しなくてはならない状況でした。

とはいえ継承されていないということは、新しいものを創り出すチャンスでもあります。立ち上げ当初からは大学生を取り巻く状況も変わって来ているので、今立ち上げるのであればどんな活動を創るとよいのかを改めて考えるために、今の大学生を取り巻く状況を整理したいと思います。(注:今回の内容はあくまで私個人の主観的な観察結果ですので、そのつもりでお読みください)

状況①知的コラボレーションの経験値が減ってる?

2020年4月、大学の授業が全てオンライン化しました。当時の状況を考えると、学びの機会が止まらなかっただけでもよかったと思いますし、知識の伝達「だけ」でいいのであればオンライン授業は最高です。周りに邪魔されず、資料も見やすく、録画があれば分からないところを繰り返し視聴して理解を深めることもできます。

しかし、それならば読書でも問題ないわけです。わざわざ講義室に集まって講義を受ける価値は、講義後に受講生同士で「あれはどういう意味だったのか」「この課題に込められた先生の意図はなんなのか」等の学生間ディスカッションによって補完されます。各自が自室で一方的に講義を聴くオンライン授業ではこうした学生間のディスカッションが発生せず、そのため理解をすりあわせたり深めたりということができなくなりました。もちろんオンライン授業でもグループワークを取り入れます。ただゼミのように少人数かついつも同じメンバーでのグループワークならともかく、大人数の講義だと初対面の人とグループを組むことになり、関係性を深めて本質的なディスカッションができるようになる前に時間切れとなることも多い。結果、他人との知的コラボレーションの経験値がなかなか増えないという問題があったように思います。

この世代の学生のグループワークを見ていると、知識創造のSECIモデル(野中・竹中,1996)で言うところの連結化が起こりにくいと感じます。例えばAさんが「a」という意見を、Bさんが「b」という意見を、Cさんが「c」という意見を発表して、その後3人でのディスカッションを通じてa,b,cという3つの異なる形式知を統合し新しい形式知「d」を創造するのが本来のグループワークの価値だと思うのですが、この世代の学生達は「aとbとcのうち、どれが一番いいか」というディスカッションをして「a」というアウトプットを出してくる。これではグループで取り組む価値が薄いと言えます。

ただ決して手抜きをしているわけではないので、これはコロナ期間中は自分の暗黙知を表出化する機会が少なかったことに起因しているのだろうなと思っています。表出の機会が少ないことで表出スキルが鍛えられないし、自分の暗黙的な前提と他人のそれがズレていることにも気付かない。その状況で進めるディスカッションは、空中戦になりやすい。そしてグループワークの価値も感じないため、「自分ひとりでやったほうが早い症候群」が多発します。今の学生を見ていると、こうした知的コラボレーションの経験値が少ないことを強く感じるのです。

ところで他人とのコラボレーションは授業以外でも機会はあります。しかしコロナは部活やサークル活動といった、大学のもう1つの機能である課外活動の機会を減らしました。その結果、部活やサークルといった組織に属していない学生の数が増えたと感じます。授業を受けたらそのまま帰宅してバイトに行く、という生活を送る学生がけっこう多い。組織に属していないので、先輩後輩といった関係性を経験する機会もありません。所属ゼミによっては、教員との関係性も浅いままに終わります。結果、2024年卒以降の大学生は、他人との関係性や組織に関する経験値が、高校時点からあまり変化していない人が一定割合で存在する可能性があります。企業で大卒の新入社員を迎える立場の方は、少し注意していただくとよいかもしれません。

だから、もしいまフューチャーセンター的な活動を立ち上げるのであれば、「知的コラボレーションの経験」を提供する場であることが重要だと感じています。

状況②自律性や内発的動機付けがますます重要になってる?

オンライン授業は、自律性の影響を浮き彫りにしました。2020年6月に私が担当している2年生必修科目の授業内で意識調査をしたところ、「意欲が向上した」「意欲が低下した」が見事に50%ごとに分かれました。また注目すべきはその理由で、「意欲が向上した」群と「意欲が低下した」群にそれぞれ理由を尋ねると以下のような結果になりました。

「意欲が向上した」群と「意欲が低下した」群の理由(2020年6月実施)

これを見ると、同じ現象が人によってプラスにもマイナスにも働いていることが分かります。そしてその差を生む原因は、自律性ではないかと考えました。例えば周りに人がいないことで、「集中できる人」と「集中できなくなる人」がいます。これは内発的動機付けが原動力になる人と、周りからの同調圧力が原動力になる人と言えるかもしれません。大学生のキャリアパスや人生の選択肢が少ないときは同調圧力が原動力でもよいと思うのですが、様々な選択肢がある状況下では同調圧力が働きにくいので、自律性のない学生はモチベーションを持ちにくいかもしれません。そしてモチベーションがないと、選択肢があふれていてもそれをスルーしてしまったりする。つまり自律性や内発的動機があるかどうかが、選択肢を活かせるかどうかを分かち、活かせる人はどんどん経験を積んでゆくので、結果として経験格差につながる可能性があるなと思っています。

教育業に従事していると「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない(You can take a horse to the water, but you can't make him drink.)」を実感することは非常に多いのですが、これからはもっと感じることになるのかもしれません。うーん。

この問題に対して、フューチャーセンター的なものができることを考えると、なるべく多様な将来イメージやキャリアイメージを持てる機会にする、ということでしょうか。自分が今歩いている道の少し先になにがあるのか、それを見せてくれるような色んな大人に出会うことで、将来イメージからのバックキャスティングで今やるべきことを自分で考えることで、内発的動機付けは喚起できるかもしれません。

状況③若者が希少資源となり、大人が優しくなりすぎてない?

少子化と転出超過で静岡県の若年者人口は減少傾向であることは、数字を見ても明らかです。大学に身を置いていると、まず就職活動が売手市場になっていることを感じます。また圧迫面接なんかしようものならネットですぐ拡散されるので、採用活動の中で企業が大学生に対してものすごく気を遣うようになった。きついことを言われなくなったのはいいこととも言えますが、一方で学びにつながる厳しいフィードバックももらいにくくなった。あと、そもそも監督責任・指導責任を負わないからこそ、優しく接することができるという部分もありますよね。本人の成長のために伝えるべきことを、聞き手の感情に配慮して伝えるのは、手間も時間もかかる作業ですが、この面倒くささを引き受けてくれる大人も減少傾向かもしれません。

2011年にフューチャーセンターを立ち上げたときは「就活よりもっと前の段階で学生が社会人と接することができる場が必要では」という想いがありましたが、この背景には大学生が就活でいきなり社会の評価に晒されてボコボコに傷つけられるのを見て、もう少し前段階でトライアル的に評価をもらう機会が必要ではないかと思ったという経験がありました。でも、今はいきなり社会の評価に晒されてもボコボコにはされず、静かに不採用通知が来るだけだったり、採用目標数を満たないといけないからという理由で採用されていったりする。就職しやすくなったというのはいいことだけれど、就職後にちゃんと頑張っていけるかなー、タフな経験を乗り越えられるかなーという心配があります。

教育機関である大学は成果を出すことより成長を優先できるけれど、仕事現場では優先順位が逆のケースも多い。人材不足のビジネス現場では、成長につながる失敗経験を許容するゆとりも少ないでしょう。教育課程の失敗経験は社会人としての基礎体力になります。失敗してもいいからチャレンジする学生を応援する、耳が痛いけれど愛のあるフィードバックをくれる大人に出会える、こうしたフューチャーセンターの機能は2011年から意識していましたが、2023年はより一層重要になってきているのかもしれません。

状況④学生が社会に出る不安はあまり変わっていない?

一方で、変わっていないこともある。学生が社会に出た後について抱く不安については、今も昔も大きいと感じます。フューチャーセンターを立ち上げた頃は、「大学の中にいると学生が社会人と接する機会がない」という問題意識を持っていました。これは大学生と話していたら「社会人との接点は、バイト先の居酒屋」であり、そこで見る「会社や仕事の愚痴を言っている大人」が社会人のイメージの全てであるということがわかり、そりゃ社会に出るのが嫌になるのは当たり前だなと思ったんですよね。引き続き、社会に出ることや働くことが楽しみになるような社会人との接点をつくりたい、働くことや職業の具体的なイメージを得られる機会をつくりたいと思います

目次
(1)立ち上げたきっかけ
(2)立ち上げ前にやったこと
(3)立ち上げ初期に大変だったこと
(4)実践を通じて分かったこと
(5)場の構成要素
(6)数年後に考えたこと
(7)プロジェクトの具体例
(8)コロナ後の大学生の状況


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