見出し画像

ショートショートNo.1 「ゆっくりRain」

僕は雨の日が苦手だ。
子供の頃から雨の日は良い思い出がない。

「んん~おはよう」
「おはよう、今日はどうよ」
「ん~2点かな」
「僕は4点」
僕たちは朝起きた時に体調や寝起きの感じで一日のパフォーマンスをどれくらい出せるかということを5点満点で表現した。
朝食は食パンと卵料理一品とフルーツのみで、たくさんは食べない。食事を済ますと僕たちは一緒に異なる仕事をしに行く。駅まで行き職場がそれぞれ反対方向にあるので、そこで少々の別れ。
僕の行く方向は満員電車で、彼女の方はゆっくりと座れるくらいには空いている。
そして、各々仕事が終わり、僕の方が先に家についていることが多い。だからお風呂の準備だとか、夕食の準備を先にしておく。大したものは作れない。近所の2個上の女の子に教えてもらったレシピノートを活用している。
彼女が帰ってきて、一緒に夕食を食べ、今日あった出来事を話し、少し将来の事を話してから一緒に寝る。
夜の営みは週に1日あるかないくらいだ。今日はなかった。


こんな感じで彼女との同棲を2年続けている。

彼女と再会したのは高校の同窓会の時だ。僕たちは25歳だった。
高校の時に初めてできた彼女だ。中学の時は部活に打ち込んでいて、彼女を作るなんて考えもなかった。周りが「まだ彼女いたことないの!」、「おっそいな~」なんてことを言われていたけれど、全く気にしたことはなかった。

っていうのは嘘で、部活をしながら彼女と付き合っていたら、時間が取られるじゃないかと思っていたが、彼女持ちのメンバーがどんどん良い成績を出して、レギュラーに選ばれたりと、なにかと良い影響が起きている。不思議でしかたなかった。たまにある休みも練習に打ち込んでいた僕とは違い、カップルはデートを満喫しながらも成長していった。


高校生になったら、彼女を作ろう。

そして高校1年生の秋に初めての彼女ができた。それが今の彼女になるわけだ。
高校でも部活を続けていたが肩を壊してしまい、1年間は投げられないとドクターストップを告げられた。僕は1週間ほど学校に行けずに魂ここにあらず、という感じで家にいた。

(言い忘れていたが、僕は野球部だ。中学の時はずっとレギュラーで投げていて、大会でも良い成績を残せた。)

呆然と家に居るときも彼女は毎日お見舞いというべきか、励ましに来てくれた。「まだ高校生活で投げならないと決まったわけじゃないでしょ!!」とエールを送ってくれた。僕は芯がネガティブなので、彼女のポジティブシンキングにはいつも助けてもらっていた。
告白は僕からしたのだが、彼女のことを深く知れば知るほど好きになっていった。

「最後に孝則君が投げているところ見たいな」

肩を壊してから半年が経ち、リハビリを続けながら生活をしていた。
僕の家で勉強をしているときにふと彼女が言ったセリフに僕は「えっ」と困惑した。高校2年生の9月頃で、もう選手として投げられないだろうと自分では思っていたが、少し涙を流しながら言った彼女のセリフには驚いた。今まで泣くことがなかった彼女が感極まっている。
僕は「わかった、投げるよ」と細々と声に出した。心の中では人生で絶対破ることは許されない約束を交わしたという気持ちだった。

高校野球は甲子園が野球部最後の大会で、これが終わると皆引退しそれぞれ道をゆく準備をし始める。
僕はこの大会に向けて今まで以上にリハビリをした。先生も君は信じらないくらいの回復を見せたよ。と言ってくれた。が、正直投げることは難しいと言われた。
この大会が終わったら腕がなくなってもいいから彼女に投げるところを見せたいと言った。

「無理はしないように」

予選一回戦目に9回裏4-2でここを抑えれば僕たちの勝利という状況に監督がベンチで控えていた僕に向かって「準備できているか」と言った。「もちろん」です。そう、準備は1年前からできている。この大事な場面に僕を出場させてくれた。

肩を回し、久しぶりというか最後のマウンドだと思いながら色々なことを思った。野球部に所属している人なんて何万人といる。だけど、自分にも物語があり、今向かい合っている相手選手にも物語がある。一人ひとりが特別なんだと思う。
1球投げた時にスピードは落ちているが、まだまだいけるんじゃないか僕はと思った。1人目ファーストゴロ、2人目三振。一球一球感謝しながら投げる。

3人目は、真っ直ぐキャッチャーミットに吸い込まれるように向かったボールはバッターにより高く打ち上げられた。あぁ、終わる。と思ったが日差しがボールと被り一瞬見失う。あれ、やばいんじゃ。とおもったが、

そのボールは自分の手の中にあった。

礼を済ますと皆が集まってきて胴上げをしてくれた。相手選手からしたら一回戦なのに優勝したかのような喜びだなと思われたかもしれないが、僕にとっては最後のマウンドだったので、とても歓喜した。


客席に挨拶をしに行くと、彼女が「お疲れ様!!かっこよかったぞ!!」

僕は、彼女がいると自分のパフォーマンスがあがるという信じがたい話は本当なんだと実感できた瞬間だった。

高校卒業と同時に彼女とは円満のまま別れを告げた。それぞれが別の大学に行き、新しい生活をスタートするのだ。
僕は後悔はなかった。僕の高校生活は彼女との思い出で溢れていたし、僕が腐らずやってこれたのは彼女のおかげだ。感謝してもしきれない。

大学に進学した後は野球は続けずに沢山のことを経験した。もちろん大学でも彼女はできた。しかし長くは続かなかった。

大学卒業後はスポーツ用品を扱う会社で営業の仕事に就いた。毎日大変であり退屈でもあるなぁと思って3年が過ぎた頃に高校の同窓会の手紙が届いていた。あまり同窓会には参加したことがなかったのだが、この時は参加してみることにした。


仕事帰り、会の開始時刻より少し遅めに行くと見慣れた顔がそこにはたくさんいた。昔のことをしゃべっているとやっぱり、いいもんだと思い、周りを見渡す。

来てない。

元彼女は来ていなかった。久しぶりに会いたかったが、来ていないのなら仕方がない。
会も終わり、皆と惜しみの別れを告げて、駅に向かっていると、LINEが来た。会終了から10分ほど経った頃だろうか、「一言くらい頂戴よ!」元彼女からだった。
「えっ、来てなかったじゃん」
「ひど~い、私の顔忘れたのかしら」
「忘れるわけないだろう、今どこにいるんだい、少し会えないか」
「~駅の近くのファミリーマートにいるから」

すぐに走ってコンビニに向かう。そこにいたのは確かに元彼女だった。しかし見違えるほど、綺麗になっていたし、髪もロングヘアーになっていた。

「ごめん、わからなかったよ、そんなに綺麗になってると思ってなくて」
「高校時代は綺麗じゃなかったのかしらね、高校卒業後にそんなお世辞まで言えるようになって」
「お世辞じゃないし、高校時代も綺麗だとは思ってたよ」
「ん~ほんとかな~」

薬指をふと確認してしまう。指輪は無かった。結婚はまだしていない。彼氏はいるのかな。とすぐにでも聞きたくなった。しかし、すぐに聞くのはご法度だろうと思い留まった。

それから僕たちは2人でお茶をした。それ以降2人で会うようになり、彼女に旦那と彼氏がいないことも判明した。
そして高校生の時と同じく僕からまた告白をした。
「必ず幸せにします」
「よろしくお願いします」

「ただいま~」
「おかえり~、今日は洋風にしてみた」
「美味しそう~」

僕たちはのんびりと、小雨のように幸せな日々を過ごしている。


     

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?