ヘルスタ・ホワイトペーパー公表。25本の政策提言はどう作られたか
6月27日。多くの報道陣が見守る中、本荘修二座長から武見敬三・厚生労働大臣にヘルスケアスタートアップの振興・支援策をまとめた92ページの分厚いホワイトペーパーが手渡されました。
「25の提言を備えた極めて斬新な報告書を、委員の皆さんの協力を得て、また各省庁の皆さんとの連携によって作り上げていただいた。」
まずは委員たちの労を労った武見大臣。会議室を見回しながら報告書の意義についてこう続けました。
「厚生労働省は従来、許認可官庁として、あまり未来を創造するような仕事をするとは思われていなかったところがある。しかし今はまさに時代の大きな変革期にあり、未来社会を想定しつつ政策を策定することが本省においても必須になっている。」
厚労省の新たな役割にまで触れた大臣の踏み込んだ発言。その契機となった25本の政策提言はどのように作られたか。約140日の軌跡を紹介します。
【ホワイトペーパーの本文と概要版はこちら↓】
ヘルスケア・スタートアップの振興・支援に関するホワイトペーパー
世界一の健康長寿国、日本
日本は世界一の健康長寿国。優れた学術研究の基盤がある上、国民皆保険と介護保険制度のもとで、良質な医療・介護データが集積されつつあります。
しかし、スタートアップの分野では、なかなかそのポテンシャルほどには結果が出ていないのが現状です。私自身、弁護士時代から創薬や医療機器などヘルスケア分野のスタートアップ支援に関わってきた経験から、この分野で「日本はもっと活躍できるはずだ」と強いもどかしさを感じてきました。
厚生労働大臣政務官への就任をきっかけに、何かできないだろうかと考え、昨年11月頃から信頼できる起業家や専門家の方々と相談を重ね、プロジェクトチーム(PT)の立ち上げを着想。武見大臣に相談したところ、「思い切ってやってほしい」と背中を押して頂きました。ヘルスケア分野で実績のある起業家、投資家、学識者、弁護士など12名の素晴らしい委員の方々にご参集頂き、2月にPTを立ち上げることができました。
起案力を重視したプロジェクトチームの構成
第一回のPT会合で、プロジェクトリーダーとして委員の皆さんへの期待をお伝えしました。
「今回皆さんは有識者会議の委員ではありません。会議で意見を言えば、優秀な官僚の皆さんがいつの間にか報告書をまとめてくれるわけではありません。皆さんにはプロジェクトチームのメンバーとして一緒に知恵を絞り、手を動かし、政策提言を作り上げるために力を貸してください。」
その言葉通り、委員の皆さまには相当なお時間と労力をこのPTのために割いて頂きました。五人の委員にタスクフォースの主査を担当して頂き、毎週朝7時からZoom会議を重ねて、具体的な提言を検討しました。忙しい委員のサポートをするために、各タスクフォースには弁護士またはコンサルタント経験者で構成されるワーキンググループメンバーを配置し、様々なアイデアや議論を文章として具体化できる体制を整えました。PTの委員側が提言をファーストドラフトできる実務的な体制を整えることが主眼でした。
現場の肉声を起点にした政策アイデアづくり
このPTは予め着地点を決めて立ち上げたものではなかったので、検討の出発点は課題把握とアイデア出し(ブレインストーミング)から。現場での豊かな経験と専門知識を持つPTメンバーを中心に、70名を超える学識者、スタートアップ関係者、起業家等へのインタビューを実施していきました。ヒアリングを重ねるたびに、抽象的にイメージしていた市場構造の特徴やエコシステムの課題が、当事者の肉声によって解像度高く浮き彫りに。オンラインでも「ヘルスタ・アイデア・ボックス」を設置し、広く政策提言を募集したところ、予想を大幅に超える約120もの政策提言やアイデアが寄せられました。実現可能性の高い提案については投稿者に直接連絡を取り、さらに詳しくお話を伺いました。
例えば、報道などでも注目された民間検査サービスに関する法規制の明確化の提言(提言10)。
急速に広がる遺伝子検査や尿検査などの民間検査サービスについては、海外のような明確な法規制がないことがかえって健全なビジネス育成の支障となっているのでは、との問題意識が委員やアイデアボックスのご意見でも早くから寄せられていました。ただ、こうした分野については省庁間の所管が明確でなく、具体的な検討は難航を極めました。
そうした中、6月に入ってゲノム医療を推進する観点から厚生労働委員会で立憲民主党の中島克仁代議士から関連する質問がなされ、また、全国がん患者団体連合会からも遺伝子検査ビジネスのガバナンス強化等に関する要望を頂くなど、PT外でも高い関心を集めるように。
取りまとめの締切りが迫る中、省内の関係部署の担当者らと何度もギリギリの協議を重ねました。法律の条文を読み直し、他省にも相談し、最終的に医師法による法規制の外縁の明確化を図ることで、科学的根拠に欠ける検査については一定の規律を課すとの方針を固めました。何もルールがない状態よりも、一定のガードレールがあった方が健全なスタートアップ企業の成長は加速する。これがPTの導いた結論です。
役所との調整プロセスが提言を磨き上げる
現場視点で上がってくる政策アイデアの中には、既存の政策と重複しているものや、法外な予算がかかってしまい費用対効果が合わないもの、実現可能性がないものも多く含まれています。だからこそ、霞ヶ関による緻密なチェックを通じて玉石混交の「アイデア」を厳しく見極め、実行可能な「政策提言」に磨き上げていくプロセスが欠かせません。担当課との「調整」の過程でボツになったり、大きく方向転換を求められたアイデアも多くありました。しかし、結果的にはこの選別プロセスのおかげで提言内容の実効性が担保され、政策の質が大幅に引き上げられたと感じています。
その代表例の一つが、今回の提言の目玉の1つである新たなマイルストーン型の開発支援金「ヘルステック・チャレンジ(仮称)」の創設(提言2)です。
難病や希少疾患など患者数が少ない病気の治療薬開発については、市場規模が小さいため民間企業やベンチャーキャピタルからの資金調達が難しいという深刻な課題が長く指摘されてきました。しかし、課題認識までは到達できても、そこから解決策を導くのは容易ではありません。
こう着状態を打ち破ったのがオブザーバーとして参加いただいていた役所の方の一言でした。
「内閣府のSBIR(Small Business Innovation Research)制度が使えないでしょうか。」
海外では、先端技術について政府が具体的な開発ゴールとそこに至るまでの段階的な達成目標(マイルストーン)を定めて、達成目標をクリアするたびに追加で補助金を拠出するSBIRと呼ばれる仕組みが活用されています。代表例は、多くの宇宙スタートアップを育てた米国のDARPA(国防高等研究計画局)による宇宙開発チャレンジなど。「有望」な研究チームを政府が事前に目利きするのではなく、開発に成功したチームに恩賞を与える「プル型」インセンティブと呼ばれる政策手法です。
早速、内閣府と厚労省の担当者に来て頂き、既存の制度や研究予算の活用の可能性も含めて、具体的なプラン設計をお願いしました。何度も難しい壁にぶつかりましたが、その度に行政のプロならではの工夫と知恵を駆使して検討を重ねて頂きました。その結果、内閣府のSBIR制度なども一部活用しながら、日本のヘルスケア分野で新たなマイルストーン型の開発支援の仕組みを導入しようという意欲的な提言をまとめることができました。
海外関係者からの高い関心とフィードバック
ヘルスタ・ホワイトペーパーでは、創薬や医療機器開発などの一部の分野において、最初から巨大な米国市場での上市を目指す「世界直行型」アプローチを提唱しています。そのためには、海外のヘルスケアエコシステムとの連結と理解が不可欠です。
ゴールデンウィークにニューヨークを訪問し、発表したばかりのPTの中間提言の英語版を携えて、現地のベンチャーキャピタルやエンジェル投資家、ヘルスケア起業家の方々にその内容を説明して回りました。
「韓国やイギリスには米国VCなどを招待するプログラムなどがあるけど、日本はやらないのか」
こうした現地の意見がヒントとなり、日本でも早速、今年度中に海外のトップVCなどを対象とした「ビジットプログラム」を実施する方針を決定。国内研究者とのマッチングやネットワーク構築、イベントへの登壇などを通じて日本への投資機会増と誘致を積極的に働きかけて参ります(提言5)。
また、ヘルスケア分野のすべてのスタートアップ関係の政策資料を原則英語対応可にする提言(提言4)についても好評。まずは年内に英語未対応の媒体・窓口を洗い出し、来年3月末までに生成AI等を利用して一気に英語対応を進めていくこととしました。また、このホワイトペーパー自体も早急に英語版を作成し、海外のヘルスケア関係者に広く読んでいただけるようにする予定です。
政策実現は予算を獲得してこそ
新たな政策立案プロセスにおいて、各省の政務(政治家)に期待される役割とは何か。その重要な一つは政策実現に必要な予算を獲得することです。いくら優れた政策提言でも、それを実行する予算と人員がなければなかなか前に進めることはできません。
政府が各年度に取り組む重要政策を取りまとめる「骨太の方針」、またそれと一体となる「新しい資本主義のグランドデザインと実行計画」は、各省の予算獲得プロセスにおいて極めて重要な政策文書となります。毎年5月から6月にかけてあらゆる省庁が重要政策への予算獲得を目指して熾烈な協議を行い、与党も巻き込んだ複雑な力学により文案が作られていきます。
こうした時間軸を踏まえ、本PTでも4月末に中間提言を取りまとめた上で、骨太協議に参戦。関係部署の頑張りと、多くの先輩議員のご理解とご協力のお陰で、結果的に令和6年度の「骨太の方針」においては、MEDISO(医療系ベンチャー・トータルサポートオフィス)の機能拡充(提言1)とCARISO(介護版MEDISO)の整備(提言22)を書き込むことができ、「実行計画」では、マイルストーン型支援金の創設(提言2)や海外展開支援など、その他の提言についても広く記載して頂くことができました。
また、人員面についても、令和6年度中に厚生労働省ベンチャー等支援戦略室の格上げ・人員拡充を行って専任職員2名以上とすること(提言1)をホワイトペーパーに明記しました。
「民」の発想力+「官」の調整力で生まれる突破力
政策づくりにおいて「民」と「官」にはそれぞれの得手不得手があります。でも民間の自由な発想力と役所の緻密な調整力をうまく融合させることができれば、政策立案のフロンティアはさらに広がるはずです。ペーパーの結びに、民間のPTメンバーを中心としたフォローアップ会議を設置し、継続的に提言の進捗管理を行なっていくことを明記しました。今回の取り組みを通じて、日本のヘルスケアスタートアップエコシステムが大きく前進することを期待しています。
また私にとっては22年のNFTホワイトペーパー、翌年のWeb3ホワイトペーパー、AIホワイトペーパーに続き4本目のホワイトペーパー。こうした政策立案プロセスに民間の視点が入ることの意義を、より多くの方々に感じていただければ幸いです。私たち一人一人が、社会変革の過程に関心を持ち、できることから参加していくことが、イノベーション促進の鍵となるはずです。今後も引き続き、皆様のご支援とご協力をお願いいたします。
最後に、本荘座長をはじめ委員として議論をリードしていただいた皆さま、実務を支えて頂いたワーキンググループの皆さま、提言を辛抱強くレビューし磨き上げて頂いた関係省庁の皆さま、ヒアリングやアイデア・ボックスを通じて貴重なご意見を頂いた皆さま、そのほかお力添え頂いたすべての皆さまに心からの感謝を申し上げます。
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