『ロックダウン・イン・フランス』シーズン2 始まった。

昨日30日からフランスは、全土で再ロックダウン(仏語では、Confinement)が始まった。せっかくなので、何かの役に立つかも分からんから、気が向いたら日記を書こうと思う。

まずフランスは、2020年3月17日に“シーズン1”が始まった。当初二週間予定だったものが、二度(三度だったかな?)に渡る延長の末、5月11日に終了。約二ヶ月間の闘いとなった。

ちなみにこのとき、僕と妻(フランス人)は南仏のアグド(Agde)という海沿いの小さなアパートに住んでいた。幸い、家から歩いて1分にビーチがあるおかげで、「1日一回・自宅から半径1km以内・1時間以内の外出はOK」(※買い物等を除く)という所業もなんとかこなせた。(とはいえビーチには夏のバカンス並に人が集まったせいで早々に閉鎖されたんだけどw)

そしてロックダウンが明けて一月ほど発ったある日、フランス北東部の妻の祖母宅へと“疎開”(バカンスシーズンの混雑を避けるため)し、そのまま二ヶ月ほど滞在。8月半ばから10月頭まで車でヨーロッパを巡り、ついこの前またアグドに帰ってきた。

その頃フランスは、じわじわと感染者数を伸ばしていた。
10月14日には、全国で3万件近い新規感染者数を記録し、同日エマニュエル・マクロン仏大統領はパリなど9都市に「夜間外出禁止令」(Couvre feu「直訳:火を隠せ」戦時中の爆撃を避けるため、夜間に家の明かりを隠したことから)をすると発表、17日から実施されていた。このときはまだ、二度目の全国的なロックダウンは、「過剰な措置だ」と述べていた。

それからわずか10日ばかりの28日午後8時の全国放送で、再ロックダウンが発表された。数日前についに新規感染者数は5万件を超え、「今急ブレーキをかけなければ、11月中旬には集中治療室が限界を迎える」ことからの苦渋の決断だったようだ。そして、30日午前零時から少なくとも12月1日午前零時までの再ロックダウンへと突入した。

この28日の発表時、僕らは少々タカをくくっていた。いくら感染者数が急増していようと、二度目のロックダウンが経済に与える影響は計り知れない。故にすでに実施されている“夜間”外出禁止令の強化(開始時間を早める 例:21時→19時、+週末は終日外出禁止)になるものと思っていたからだ。だから発表を受けてすぐ、「これはマズイ」と思った。なぜなら、いくら海沿いとはいえ、この小さなアパートで夫婦ふたり(+猫一匹)ずーっと一緒というのは結構ツライ。だからすぐ、僕らはロックダウンを快適に過ごすための、“家探し”を始めた。

フランス人は言うまでもなくバカンスが好きである。故に、バカンスを過ごすための施設やそれを探すサービスも多々ある。もっとも一般的なものが「ジット(gîte)」と呼ばれるもので、郊外や田舎の一軒家(まれにアパート)を主に一週間単位で借りるものだ。それ専門の検索サイト(airbnbみたいな感じ)もあれば、leboncoinという不動産から自動車、趣味の品からサービスまでありとあらゆるアナウンスが載っているサイトからも探せる。僕ら二人は手分けして探し始めた。

28日夜発表して、実施は30日午前零時開始ということは、実質29日一日しかない。この間に、家を探し、必要なものをまとめて出発し、到着しなければならない(厳密に言えば、ちょうど万聖節〈Toussain〉のバカンス中だったこともあり、それが終わる週末=31日・11月1日はある程度の移動ができる)。
家探しは困難を極めた。airbnbの長期滞在はすでに品薄状態で残されたものはやや高め、ジットも一般的には「土曜日チェックイン/チェックアウト」が一般的だから難しい。leboncoinは様々なアナウンスを見つけられる一方、あくまで「アナウンスを見るのみ」なので、メッセージや電話等で直接やり取りをしなければならない(故にすぐ返答があるかは掲載者次第)。結局深夜まで探したが大した結果は得られなかった。

翌29日も朝食を後回しにして家探し。夫婦ふたりパジャマ姿のままパソコンに張り付く。まもなく、妻から「これ見て」とある家を見せられる。それは家からそう遠くない、田舎の小さな村のジットだった。パティオとテラスがある2階建て。「いいじゃん!」
次の瞬間、妻の電話が鳴った。なんとそのジットのオーナー。妻のメッセージを読むや早速電話をくれたのだ。その電話口で僕らはこのジットに行くことを決め、荷造りを済ませ、アグドを後にした。
出発前に最後にビーチを散歩すると、まるで世界最後の日を穏やかに過ごそうとする(大げさw)人でいっぱいだった。

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