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冬の北欧⑤フィンランド編〜最終回〜

続きに入る前に

ここまで北欧旅のレポートをつらつら吐き出してきました。
デンマークのヒュッゲな照明について、北欧について本気のお方からコメントを頂きましたのでご紹介させて頂きます。

目に取り入れる光の量の違いですか。物事には理由がありますね。
新しい体験をした時、表面だけを捉えてかっこいいとか独特だなと思う自分。
自分が存在していない次元での歴史や人種の多様性に始まりがあって、その最終地点として製品や芸術といった形で自分の目に入って来ているのだなと気づかせてもらえてありがたい限りです。

さて、奇妙な冒険の続きに戻ります。

窮地

フィンランドへ到着したものの、荷物はコペンハーゲンに残したまま。
人類に残された最後の希望、ホテル常設のサウナは春先まで改装中であった。

とはいえフィンランドはサウナ大国。道を歩けばサウナに当たると思っていた。

それがそういうわけでもなかった。

こちらはヘルシンキ市街地におけるGoogle mapでのサウナ検索画面である。
自分はこの地図でいうとちょうど真ん中くらいにいる。
行けそうな範囲にあるサウナが見事に全て同じくらい離れている。

荷物と共に上着を失っている自分にはどこも遠すぎた。とにかく寒い。
このままでは何も考えられないので防具を調達することにした。

まさかの遭遇。窮地で得た圧倒的安堵感により好きな四字熟語殿堂入りを果たした「無印良品」

壁にヴィヒタが吊るしてあるとはさすがであった。

レジの店員の方が日本語を話されていたので、
「日本語がお上手ですね。」と話しかけてみたところ
「敬語だけはそこそこ出来ます。」と返ってきた。
つよすぎる。

どうにか上着も手に入れたあたりでどこかから声がきこえた。


神の啓示

「あきひこや、ほんとうにいきたいさうなに、ひとつだけおいきなさい。」

これは新しい思想との出会いだった。
昨今のサウナブームで、フィンランドサウナ探訪記を目にすることも増えたのに加えて、渡航前には仲間のサウナーからしこたま現地でのおすすめサウナ情報も仕入れてきた。帰国した自分は本場のサウナをいくつも経験したサウナーとなっており、それによって真のサウナーに一歩近づいているのではないかと妄想を膨らませていた。

そんな中、むしろ逆にサウナにあまり行かないという発想。

せっかくフィンランドまで行っているのに「色々経験しないともったいない」という思想ではなく、
せっかくここまでの多難だった日々により溜まりに溜まった自律神経の乱れを
「半端にサウナにいって半端に解放してしまうのはもったいない」
という思想に切り替わった。戦略的撤退である。

そう思うと旅の間の受難が後の「ととのい」すなわち地球と一つになり宇宙へ向かうための滑走路に思えて来た。

一見美味しそうなスカンジナビア料理が食べてみたら思ったより上級者向けな味付けで己の未熟さ故に舌鼓を打てそうで打ち損ねた悔しさも感謝に変わった。

サウナに甘えていました。
ととのえないのはサウナ室の温度や湿度、水風呂の温度や外気浴の可否以前に、自分自身で日頃溜め込んで解放するだけのストレスや乱れ、疲れや苛立ち、精神的疲労や絶望感が不足していたのかもしれません。

解放

溜め込んだエネルギーのバスター先はバルト海しかない。『海があるから水風呂はなくてもいい。』というフィンランド人以外は房総半島のガチンコサーファーにしか辿り着けなさそうな夢の境地を体現している施設が「Loÿly」(ロウリュ)である。

どれだけ無神経に調べてもフィンランドへ渡航するサウナーのうち「わしゃ若造がこぞっていくようなスパみたいなもんには興味ない。漢は黙って銭湯じゃろうに。」系の頑固一徹以外は全員行き着くであろう定番スポット。
予約制となっており、事前にインターネットでの予約が必要となっている。

極寒の帰国日前夜、貯めに貯めた自律神経の乱れを全身に纏いながらバスに乗り込み、施設を目指す。

道中とにかく覚えているのは暗い、寒いの二言である。
夜の予約であったため、定評のある美しい外観ははっきり言ってほぼ視認出来ない程にあたりが暗かった。

こちらは男女混浴の施設のため水着が必要となる。
もちろん私はというと、旅の前に抜かりなく用意してスーツケースの中に忍ばせておいたのだが、そのスーツケースは依然私の手元にはない。
圧倒的な準備こそが素晴らしい本番を作るとは故野村克也監督も言っていたことだが、周到な準備を無に帰すハプニングがこの世には存在する。
しかし今の私にはそれすらもロイター板なのだ。
受付にて6€を課金してレンタルをしたことにより更に板ばねの弾性を増すことに成功した。

もろもろ受付の方から説明も受けるが乏しいリスニング能力に加えて眼前の天国に想いを馳せていた私の耳にはそれは届かない。

わけのわからないまま着替えて晴れて迷える子羊となったわけだが、すかさず周りの異邦人サウナジャンキーズが優しく手を差し伸べてくれたのであった。中には3つのサウナ室があり、どれも人で一杯である。
サウナストーブには大きな蓋がしてあり、それを一人がレバーを使ってこじ開ける。開かれた門めがけて別の者が水をかけると中から重厚な蒸気が発生する仕組みとなっている。
こじ開ける者と水をかける者が協力して初めて可能となるロウリュ。
日本では見たことのない仕組みでその甲斐もあってかサウナ室は盛況を呈していた。
ただただ静かに第3宇宙へのトリップを目指したい私は心の中で「ロイター板、ロイター板」と繰り返し唱えた。

そして時は満ちた。バルト海への航海に向けて栄光の扉を開く。

施設の外に出てからはデッキをつたい、海へと繋がるハシゴを目指すことになる。
外へ出た瞬間に猛烈な寒さが襲いかかる。
早くも逝きかけるも我を失わぬようただただ天国への導線を辿る。

床が凍りかけている。足が尋常でなく冷たい。いや痛い。
もうすぐだ、もうすぐ、夢にまでみた着水である。
まだなのか、海は。

導線が予想以上に長い。本当に長い。
周りの異邦人も狂い始めたのか、裸で叫んでいる。

心頭滅却すれば火もまた涼し、今は逆だ。沸き立つ煩悩を振り払いながら足を蹴り出すが指先の感覚はもはや残されていない。
サウナで貯めたエナジーがダメージ床に吸われていくのがわかる。
そして冷気が自分の体を蝕んでいく。ハシゴへ辿りつく頃には意識を失い完全なるヴィランへ変貌してしまうかもしれない。

ハシゴの前に伸びた最後の坂道へ到達。
ラストダンジョンであればセーブポイントがあってしかる場所だがここにはない。
暗すぎて先は見えない。滑らないように気をつけて下るもゆっくりしていたら下半身から順番にガンツへ転送されてしまいそうである。

月明かりに照らされた水面が視界に入る。
ヤコブの梯子は二つ。ここで今一度、想定外の事態に見舞われる。

梯子が定員割れを起こしている。

まるで閻魔の判決を待つ罪人達である。みな裸で震えながら自分の番を待っている。
梯子の先は闇に広がるバルト海。
「ちょっとその辺りを一周泳いでくるといい。」
「それはできない。君こそやってみるといい。」
そんな罪人達のやり取りが行われている。みな梯子から手を離せないのだ。
よって各梯子の定員は1名となる。

その辺りから私の中で何かが壊れた。笑いが止まらない。
そして気づくとそこにいた全員が笑っていた。

温かい意識に包まれる。
バルト海が三途の河に見えてきた辺りで自分の番がやってきた。
ためらっている場合ではない。
梯子に手をかけ、片足ずつ着水していきそのまま一気に入水。
言わずもがな、一気に我を取り戻す最強の強冷水である。
これは梯子から手を離したが最期。本当の意味で地球の一部となってしまう。

それにも関わらず人体の奇跡よ。少しずつ水に慣れてくるのであった。心地よい。

ここで最も重要な事実に気づく。

陸へ戻った暁には今辿ってきた果てしなき導線を戻ることになるのだ。
あまりに果てしない。海を捨て陸に上がるには相当な決心が必要である。
あぁ、罪人達が見ていたのはこの果てしなきカタストロフィだったのか。
梯子の下にはとこしえの闇、上には濡れた体を八つ裂きにするスカンジナビアンブリザードが待っている。

しかし戻らねばならない。後に待っている罪人のためにも。

決意を固めた私はバルト海に背を向け人間界へ急ぎ戻ることにした。
襲いかかるダイヤモンドダスト。当然だが往路より厳しい。
自分に続いた罪人達の嬉々とした断末魔が後ろから聞こえる。
ここまでの数日間の受難の記憶が走馬灯の様に脳内を駆け巡る。

こうして壮絶なる初セッションを終えた私は休憩スペースで完全なる安寧を手に入れた。

最後の朝を迎え、帰国の途につこうとした時、
ホテルの受付には見慣れたスーツケースがあった。

全ては完全なる安寧をお膳立てするための神に仕組まれた演出に過ぎなかった。

世界を取り巻く全ての不安も後のととのいにつながることを願うばかりである。



おわり

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