トム・ジョーンズ 『コールド・スナップ』

★★★★☆

 1995年に刊行されたトム・ジョーンズの2作目の短篇集。1作目の『拳闘士の休息』は岸本佐知子訳でしたが、こちらは小説家の舞城王太郎訳です。

 表紙にどどーんと翻訳者の名前が載っています(トム・ジョーンズの名前よりも大きい)。正直いって、そういうのってどうかと思います。村上春樹訳でもここまで露骨ではありません。「舞城王太郎」の名前で売りたいという下心が透けて見えます。わからなくはないのですが、やりすぎです。気に入らないです。

 それもあって、手に取らずにいました(本作は2014年刊行)。
 とはいえ、未だ文庫化されていないところをみると、売れ行きはそれほどでもなかったのかもしれません。翻訳小説って売れないらしいですから(『拳闘士の休息』も少し前までは絶版になっていたそうです)。
 そのあたりのことを考えると、著名な小説家が訳してくれたというだけで感謝するべきなのでしょう。

 文章そのものは悪くないです。好き嫌いは分かれるでしょうが、気合いが入ってるというか、魂を感じます。疾走感やヴォイスががっちりと噛み合っている感触があります。舞城王太郎の小説は読んだことありませんが、文章そのものも本職だけあってきちんとしてます。

 気になるところがあるとすれば、ルビが多すぎるところでしょうか。英語の言葉遊びを説明するためとはいえ、ちょっと目に煩く感じました。そこのところはうまく訳すか諦めるかしてほしかったです。翻訳が本職ではないとはいえ、読者には関係ありませんから。その意味でも岸本佐知子訳の1作目の方が格段によいです。

 もうひとつ。意図的なのかもしれませんが、行間が詰まりすぎていて読みづらさを感じました。もう少し空けるか、文字の級数を下げるかした方がよいと思います。
「?」や「!」のあとに1文字空きがないのも違和感がありました。ただの慣例かもしれませんが、やはり気になります。

 内容以外のところで気になる点が多すぎました。けれども、作品自体はすごいです。トム・ジョーンズの魅力がしっかり味わえます。解説でも触れられていましたが、とにかくこの人のヴォイスは唯一無比です。ぼろぼろの1968年製ジャガーXJ6をフルスロットルですっ飛ばしていくような、どこかに激突するか、崖から落ちるかしないと止まらない、そんな文体です。唯物論者で実存主義者が、神も天国もないぜ、と言わんばかりにひたすらファックと叫びつづけているようなヴォイス。ドアーズというよりも60年代のガレージパンクバンドを聴いたときに似た衝撃があります。Swamp Ratsの『Louie Louie』を思い出します。凶暴。

 個々の作品についてどうこういうよりも、トム・ジョーンズのヴォイスを聴くのがすべてのような気がします。ヴォイスだけですべてを持っていってしまう作家というのがいます。トム・ジョーンズは間違いなくそういう書き手です。

 個人的な意見では、最初に読むなら『拳闘士の休息』の方がよいと思います。もっと読みたい人は本作も読むべし。

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