クレメンス・マイヤー 『夜と灯りと』
★★★★☆
旧東ドイツ出身の作家による短篇集。12篇収録。2010年にクレストブックスから出ています。
社会的に見棄てられた人々が次々と出てきます。市井の人々ではなく、失業者、囚人、過疎化した村の独居老人など、窮乏した生活をおくる下層に位置した人たちしか出てきません。
そして、物語にも救いはありません。
心がホッコリするようなよい話とは無縁です。陰鬱でみすぼらしく、希望など欠片もありません。
それなのに、ここには何かがあります。
希望はない。救いもない。あるのは終わりのない停滞と絶望だけに見えるのに、読み終わっても不思議と嫌な気分にはなりません。
それはおそらく、それでも人は生きていけるという肯定感が作品に通底しているからではないでしょうか。
身も蓋もない現実や悲惨な現状を描いてもなお、絶望でも希望でもない肯定的なものを表せる、これは物語に宿る稀有な魅力です。
(アーヴィン・ウェルシュやチャールズ・ブコウスキーが得意としていると思います)
基本的に簡潔な文体で書かれているのですが、作品によって受ける印象に幅があります。質のばらつきといってもいいかもしれません。八割くらいは素直に読めるのですが、残りの二割は読んでいて若干気怠くなりました。
その理由は、記憶、思い出、幻覚、幻想といった要素が混在し、こんがらがってのたうつような独白(呟き)だからです。思弁的ではなく、酩酊しているせいで意識がまとまりを失って流れ出しているのです。それゆえ捉えどころのなさが目立ちます。
そういった要素もクレメンス・マイヤーの魅力の一つなのでしょうが、僕の好みではなかったです。
『ヨハネス・フェッターマンの短くも幸福な生涯』という題名からもわかるとおり、ヘミングウェイの影響も強いようです。たしかに文体に近いものを感じます。
個人的なベストは『通路にて』でしょうか。
よくできた短篇とは言い難いし、作話的に感心するようなところもないのですが、ただただ胸をグッとつかまれました。
そんなわけで、尻上がりに評価が上がっていきました(『通路にて』は最後から三番目の作品)。
予備知識ゼロで手に取ったのですが、なかなかよい作品でした。東ドイツ版『トレインスポッティング』という呼び名の処女作『おれたちが夢見ていた頃』もそのうちに読んでみたいですね。
(残念ながら未訳のようです)
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