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昭和の鉄工所

 「指なんか揃ってるうちは素人なんだよ。」
 高度経済成長真っ只中、末端の零細鉄工所では、こんな発言が不思議ではないほどお金が強く、無理は正義、長時間労働当たり前という時代がありました。
 
 小学生の頃、父を題材に作文することになり母に連れられ、父の勤務先の鉄工所に向かいました。時代は落ち着いてきていたものの、鉄工所は子供にとって、まだ恐ろしい場所。火花は散るし、大きな音がするし、職人は顔が怖い(子供から見たらですよ)のですから。
 と、一人のおじちゃんがジュース片手にニコニコ近づいてきました。ジュースを渡してくれた指が二本短い。私は怖いと思ってしまいました。そして、怖いと思ったことを申し訳なく思いました。一人前の証なのにと。
 「おじちゃんは下手ッピだから怪我しちゃってね、お父さんは指が揃ってるから良い職人さんなんだよ。」
 おじちゃんは全てを察して、そう言い
「痛いのなんか嫌でしょ?怪我をすれば仕事にならないしね。」と続けました。
 そして父の作業場まで案内してくれました。
 作業をする父は、普段ゴロゴロしている姿が嘘のように生き生きとして見えます。偽物かと思うほどカッコいいのです。
 父に怪我をしないのか聞いてみました。
「怪我は、やっちゃいけないことをするとするんだよ。散らかしてたり慌てたりね。」
言いながら軍手を外して、怪我のない大きな手をヒラヒラしました。
 「良い職人なのだ。」と言った私に、
「職人なんて立派なもんじゃないよ、工員ってとこかな。職人なんて呼ばれたのは、あのくらいまで」と、さっきのおじちゃんを指差し、気づいたおじちゃんが軍手の手をヒラヒラさせました。
 落ち着いて見渡せば、どこも片付いていますし、わりと談笑なぞしていて穏やかです。
 「テレビの鉄工場と違うぞ。」と父に聞くと何を見たのか訝りながらも、
「仕事は無理せず続けられることが大事。時代が変われば時代に合わせて変わる必要もあるけどね。まぁ健康第一。」
昭和の小さな鉄工所としては進んだ考えだったと思います。

 ベルが鳴りお昼ご飯になりました。給食センターのお弁当や、嘘みたいに大きいお握り、食パン1斤とおはぎ(?!)など、思い思いの昼食が並びお茶が巡ります。
 さっきのおじちゃんは、持参のお弁当。また百科事典かと思うほど大きい。ニッといたずらそうに笑って開けたお弁当には、ご飯の上一面にピンクっぽいギザギザしたものが敷き詰めてあります。
「昨日、鶏をしめたんだけど俺しか食べないんだよね、トサカ。」
 手のひらに似たそれを美味しそうに食べるおじちゃん、うまく言えないけれど最強だと思いました。
 今思えば、コラーゲンたっぷりで美容と関節に良い上、地産地消かつ上手な食材利用。
 
 気がつけば私も工員になっていました。トサカは食べませんが健康第一がモットーです。父に言わせるとゴロゴロするのも大事らしいですよ、時にはね。
 


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