見出し画像

【ショートショート】或る作家の一生

ある作家がおりました。
ある作家は生まれた時から作家でありました。
ある作家はひとりっこでありました。
祖父母や両親から惜しみ無い愛情を注いでもらい大人になりました。
そんな祖父母も両親も他界し、ある作家はひとりで山奥の大きな屋敷に住んでおりました。
ある作家は字を書ける歳になってから最低限の食事時間と最低限の睡眠時間以外ずっと文章を書きつづけておりました。
ランドセルを背負って登校したその日の正午前にある作家は帰宅し「学校へはもう行かない」と告げ自分の部屋へ入っていきました。
それからはずっとそのような生活をつづけておりました。
祖父母や両親の葬儀の際まで何かしらを書いていたことには集落の者や遠縁の親類たちも呆れておりました。

ひとりになってどのくらい経ったでしょうか。
髪も伸びに伸び風呂にも入らないので部屋には虫の羽音が常に鳴っておりました。
徹夜という言葉の意味を皆様はどう捉えておられるのでしょうか。
ある作家はその作家人生の中で一番のひらめきに取り憑かれておりましたので目を真っ赤にして机にかじりついておりました。
薄い浴衣を身にまとったある作家の部屋の窓の外に広がるは雪景色でありました。
その間、正に一睡もせず飲まず食わず、排泄は座ったその姿勢のまま何も我慢することもなく、現象に従うのみでありました。

紙が足りなかったのでありましょう。
最後の数行は机に彫られておりました。

ある作家はどのくらい前に息絶えたかわからぬくらい変わり果てた姿で発見されました。
山積みになった原稿用紙に囲まれ最後の数行が彫られた机に抱きついていたといいます。

東京のとある小さな出版社がある作家の作家魂の供養と尊敬の念をこめ遺作を書籍化しました。

その作品は何十年もの間に重版を繰り返し沢山の人々に読まれることになりました。

あなたの本棚にあるその作品がそれであります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?