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24-7 to heaven #1

 コンソールゲームのクリエイターである『僕』と、そのアシスタントで不思議な女の子の『彼女』。そして、もういない『君』。何気ない日々の中、『君』がいないのに『彼女』のせいで『僕』は少しずつ変わっていく。


***


 「案外、何でも形から入るよね」

 そう言って笑う君がいないブルー・マンデー。薄曇りの空は少し優しい。


 皆ざわざわと席を立ち始める。いつの間にか昼休みになっていたらしい。ディスプレイに映し出されるのは、スパゲッティも真っ青なスクリプトの羅列。僕は大きなため息をついた。

 誰だよ、これ書いた奴。ふざけるなよ。少しは頭の中を整理してから書け。こんなものバグの温床にしかならないんだよ。タンスの角に小指ぶつけろ。のたうち回れ。自分の愚かさを思い知れ。呪、呪、呪──許さん。

 無言のまま心の中で毒づいた僕の横で、部下の女の子が軽やかに笑った。

「……疲れてますねぇ、」

 隣の席の彼女は僕のアシスタントだ。僕と一緒にデータや仕様の調整を行っている。僕のところには、他所で片付け切れなかった案件が問答無用で投げ込まれる。だから僕が『ゴミ捨て場』で、彼女は『清掃員』といったところ。ゲーム会社のプランナーなんて本当に因果な仕事だ。世の無常を感じて、どうしたって不景気な顔になる。

 それなのに、どうしてなんだろう。

 僕とは対照的に彼女は毎日ごきげんだ。いや、そう見えるだけなのかもしれないけれど。なんにせよ、彼女は場違いな雰囲気をまとったままこのオフィスにいる。ゲームの開発現場なんてものは、ありていに言ってしまえば『この世の掃き溜め』だ(うちの会社だけかもしれないが)。そんな場所に、どこぞの有名企業の事務職と言った方がしっくりくるタイプの女の子がいるのだから、どう考えたって違和感がある。そんな彼女が同期の男性社員を差し置いてアクションゲームについて熱弁をふるった時には、皆こぞって面食らったものだ。「絶対、事務の女の子だと思ってた。詐欺だ」と喫煙所でばったり会った無口なアートディレクターがぼやいたのを覚えている。しばらくの間、彼女とやり取りをしていた彼は、世の中は不思議でいっぱいだ、と言わんばかりの顔をしていた。僕はそれを他人事だと思って適当にあしらった。というか、おかしくてものすごく笑った。

 だが、これぞまさしく因果のなせる業か。半年前、他人事では済まなくなったのである。あの不思議の塊は、なぜか僕のアシスタントになったのだ。この半年、僕は不思議という不思議に苛まれ続けている。隣の席に住む珍獣をどう扱ってよいものか、未だにわからない。

 ここ最近の噛み合わない会話を思い出して、僕はまじまじと彼女を見つめた。そこには、やはり別世界の住人のような女の子がいた。

「あれ……あたし、何かやるの忘れてます? それとも、急ぎで仕上げるものがあるんです?」 

 困った顔のまま、答えを急かすように彼女は少しだけ首を傾げる。作業リストを確認したが、彼女の作業の締め切りにはまだ余裕がある。それに、任せられそうなものもない。どれもこれも頭を抱えたくなる代物ばかりで、とてもではないが彼女のスキルでは無理だ。というより、今から1時間程度で修正しろとは口が裂けても言えない。僕はパワハラで訴えられたくはない。

「大丈夫、今のまま作業してて。他の修正案件は全部ややこしいし、僕の方で持っとく。手を貸して欲しい時は声かけるから」

「じゃあ、午後はさっきの続きやってますね!」

 彼女は財布を持って、そばに立つ同期の女の子の肩を叩いた。外でランチの予定らしい。女の子同士できゃっきゃと盛り上がっている彼女が、なんだかとても羨ましく感じる。今日が憂鬱な月曜日だからだろうか。

「楽しそうだねぇ、いつも」

 くすくすと笑った僕に、彼女は不敵な笑みで返す。

「そりゃもう。楽しそうにしてないと、すぐハラワタ煮えくり返るんで!」

「……ハラワタ? 煮えくり返るの?」

「はい。すぐムカつくしイライラするし。性分なんです、気が短いの」

 驚くくらい話が飛躍する子だな、と改めて感心する。自信満々に言い放つくらいだから、彼女の中ではれっきとした一本筋の話なんだろう。残念ながら、僕には何も伝わっていないけれど。

 鳩が豆鉄砲を食らったような僕に気づいたのか、彼女は頭をかいて少し言葉を付け足した。

「えーと、フリでも本当になる時あるでしょ? ちょっとは空気が変わるっていうか」

 話についていけない。もう少し論理の溝を埋めて欲しい、と眉間を押さえたくなった。そもそも、なぜか彼女は僕に何でもわかってもらえると思っている節があるのだ。そんなの大間違いだぞ、と口にしたくなったが、子供のような笑顔の前にあえなく諦める。彼女のこういう空気は本当にすごい。

 口ごもった僕を見て、彼女は吹き出した(これはちょっと失礼だ)。

「あたしは、自分の周りが変わればいいなぁって思う方ですけど……そうじゃなさそうですもんねぇ」

 僕を横目で見て、彼女はしみじみと呟く。やっぱり話についていけない。なんだ? 僕がおかしいのか? 話の流れがジェットスピードすぎる。僕の理解はまだ三分の一にも満たない。僕と彼女が全然違う、というところくらいしかわかっていない。

 それなのに、彼女はいつもどおりにさっさと結論を叩きつけるのだ。

「──いっそ海外とかどうです?」

 何をどうしたらその結論になる。言いかけた言葉を、なぜか飲み込んだ。

 この日はじめて、僕は自分がアルカイックスマイルが得意な人間であることを知った。


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