「0組の机にポエム書いてるの私です。」第9話
「あ~~なんっっか違う」
桂冠高校最寄り駅付近にあるカラオケボックスでは、2年3組のクリスマスパーティーが行われていた。本日は2学期の終業式。学校も午前中で終わるし、職員会議が重なっているから部活もオフだ。木村が企画したクリスマスパーティーには、クラスの生徒のほとんどが参加していた。
歌詞を映した大きなディスプレイの横で、木村が野球部の連中と恋ダンスを踊っている。木村は、丸刈りを原則としている野球部の輪に入ってもまったく違和感がない。木村の坊主頭は、野球部だった中学校時代の名残らしい。なぜ高校からバレーボール部へ転身したのかというと、「レギュラーを取りたいから」だそうだ。桂冠高校の野球部はそれなりに強い。2年生になっても球拾いをするんだったら、転身してでも試合に出てプレーをしたいらしい。実際に、バレーボール部ではレギュラーを取っているので、有言実行である。
「違うって何が」
タンバリンを片手に険しい表情を浮かべている悠日に、横山が話しかけた。女子たちに無理矢理被らされたサンタクロースの帽子が、横山にはまるで似合わない。
「いや、央ちゃんが――……」
言いかけて口をつぐんだ。扉付近のソファーに目をやる。央が、郁と茗と一緒にメニュー表を開きながらケラケラと笑っていた。メニュー表の何がそんなにおもしろいんだろう。ついムッとしてしまう。
「中原が?」
横山が尋ねる。大音量で響くメロディーの中、よく聞き取れたものだ。
「……冷たい」
「いつものことだろ」
横山は、呆れながらテーブルの上に置かれているフライドポテトに手を伸ばした。釣られて、悠日も手を伸ばす。しなしなしていておいしくない。注文してからそれほど経っていないはずなのに。
央が悠日に対して「冷たい」のは、横山の言う通り「いつものこと」であるが、いつもの「冷たい」ではないのだ。金沢に行ってから一週間。悠日は、央から避けられている――……ような気がしていた。
通学時、同じ車両に央の姿を目にしたはずなのに、悠日が近づこうとすると、別の車両に消えている。教室でも、央に話しかけようとすると、ふいっと郁や茗のほうへ行ってしまうのだ。廊下ですれ違うときですら、悠日の目を避けるようにサッとロッカーの影に隠れている。いや、見えてるんですけど。隠れられてると思ってんのかよ。
悠日は深い溜息を吐いた。央の過去の恋を知り、一緒に金沢まで行ったのだ。今までより格段に距離が近づいたと思っていたのに、なんでこんなに遠ざかってんの。避けられるようなこと、したっけ? 最後に話した金沢からの帰り道を脳内で再生する。
――金沢駅のホームに新幹線が滑りこむまで、央は悠日の胸でギャンギャン泣き続けた。いつも大人びている央が子どものように泣いているのは、ひどく新鮮で、動揺した。夏目先生に会ったから、中学生当時の央に戻ってしまったのかもしれない。彼女にとって、夏目先生は唯一の甘えられる存在だったのだろう。
新幹線の扉が開き、ぞろぞろと人が降車していく。サラリーマンらしき中年のおじさんたちが、悠日と央を一瞥していた。高校生がホームで抱き合っていたら何事かと思うだろう。
清掃の時間を待って、再び新幹線の扉が開く。央は黙って悠日から離れると、真っ直ぐ新幹線へ入っていった。戸惑いつつ、央のあとを追いかける。扉付近の二人掛けの座席に、並んで腰を下ろした。新幹線に乗っている間、央は泣いた顔を隠すようにずっと窓の外を眺めていた。真っ暗闇の窓の向こうは、何も見えない。央の瞳には何か映っているのだろうか。金沢から少しずつ離れていく。悠日は、何も言わなかった。
東京駅に着くと、約束通り直子が出迎えてくれた。二人の姿に、彼女は明らかにホッと安堵していた。子ども二人で金沢まで行かせるのは、やはり心配だったのだろう。
悠日は電車で帰るつもりだったれど、直子がタクシーで家まで送ってくれると言うのでお言葉に甘えた。オフィスビルから漏れる灯りやネオンの看板で煌々と輝く東京の街を、タクシーが走っていく。きらびやかな街は、新幹線から見た吸い込まれそうな暗闇とは大違いだった。
直子は、助手席から何度か後部座席の央に話を振った。でも、央は「うん」とか「ううん」とか煮え切らない返事をするだけで、相変わらず窓の外を眺めているだけだった。だから、代わりに悠日が直子としゃべっておいた。期末テストの話、クラスメイトの話、担任の鮫島の話。直子は高い声で笑ってくれて、タクシーの中が気まずくならずに済んだ。
自宅にタクシーが到着すると、直子も悠日と一緒に降りようとした。両親に挨拶せねばと思ったらしい。律儀なところが央と似ている。悠日は丁重に断り、自分だけがタクシーを降りた。
「待って、悠日くん」
タクシーのドアを閉めようとしたとき、央にか細い声で呼び止められた。かがんで、車の奥に座る央と視線を合わせる。央の瞼は赤く腫れていたけれど、大きな瞳は洗ったばかりのビー玉のようにキラキラと澄んでいた。
「ありがとう」
悠日はへへっと笑った。「おやすみ」と今度こそドアを閉める。タクシーは、央と直子の家に向かって、再び夜の東京を走り出した――……。
どこにも避けられる要素なくね?!
脳内リプレイを終えた悠日は、一人ツッコミを入れずにはいられなかった。央の態度が変わったのは、土日を挟んで月曜日からだ。金沢での行動以外に、思い当たる節がない。なぐさめ方がよくなかったとか?! タクシーでの話がつまらなかったとか?! もう、意味わからん!!
悠日は「う~~」と獣のように唸りながら頭を抱えた。横山に洗いざらい相談できたらどんなにいいか。央の個人的なことが多すぎて、伝えるのが憚られる。
「あのさあ、悠日」
「何?!」
イライラして、つい横山に噛みついてしまう。
「郁に告って、フラれた」
「……はあ?!」
横山から脈絡のない話題が飛び出てきた。悠日の驚きは、プッチモニの『ぴったりしたいX'mas!』にタイミングよくかき消される。女子たちが合いの手の部分に自分の名前を入れて歌っていた。クリスマスパーティーは、悠日たちをよそに非常に盛り上がっているようだった。
横山が郁に好意を持っていることは、悠日も薄々勘づいていた。本人からそうだと言われたことはないけれど、一緒にいればわかる。郁にだけ向ける優しげな眼差しは、悠日でさえ気づかないふりをするほうがむずかしかった。普段のクールな彼の表情とは、ギャップがありすぎた。
「なんで? あいつ彼氏いるじゃん」
横山は、どんなに悠日と木村が盛り上がっていても、一緒にはしゃいだりしない。いつだって冷静なツッコミ役だ。そんな彼が、冷静とはかけ離れた無謀な行動をするなんて信じられない。
「わかってるよ」
「じゃあ、どうして? 郁のこと困らせたいわけじゃないんだろ」
丁度1年前、駅前のミスタードーナツで、郁と横山と3人でテスト勉強をしていたときだ。郁が、恋人ができたことを打ち明けた。横山の気持ちを知っていたから、悠日は彼女の恋の成就を素直に喜べなかった。でも、横山は「おめでとう」と喜んでいたのだ。彼が腹の底ではどう思っていたのかはわからない。けれど、好意を押し殺して相手の幸せを祝う横山から、郁への深い愛情を感じ取ったのだ。そんな彼だからこそ、身勝手に気持ちをぶつけて、郁を困らせるようなことはしないと思っていた。
「癪じゃん。いつまでも恋愛対象として見てもらえないなんて」
横山にこんなアグレッシブな一面があったなんて、知らなかった。キャプテン一筋である郁が、横山を恋愛対象として見ている可能性は低い。郁は異性とも分け隔て無く接する。それは最初から恋愛対象ではないからなのだろう。確固たる「好きな人」がいるから、全員「友達」として接することができるのだ。
告白をして一石を投じるのは、たしかに意味があることなのかもしれない。強制的に自分を恋愛対象として相手の瞳に映すのだから。それが、どんなに好きな人を困らせることだったとしても。
同時に、金沢駅のホームで央が叫んだ言葉を思い出した。「たったの一度だって、恋愛対象にさせてもらえなかった!」――……あのとき、央の強烈な感情に衝撃を受けて何も言えなくなってしまったけれど、よく考えてみれば、自分は央の恋愛対象に入っているのだろうか? つい最近まで「友達」ですらなかったのに。凜々しく、懐の広い男性を好きだった央だ。悔しいけれど、悠日のような未熟な男子高校生を恋愛対象には入れない気がする。
夏目先生への恋にケリが着いたからって、こっちを見てくれるようにはならないんだよな。
至極当然なことを、横山との会話で思い知らされた。そもそも、夏目先生に会いに行ったのは“いいこと”だったんだろうか。央が過去の苦しみに囚われ続けるのはイヤだと思っていたけれど、本当は、自分のためだったんじゃないのか。夏目先生のことをあきらめさせて、こっちに振り向かせるために。もし、失恋させるために金沢へ行ったんだとしたら――……。そんなつもりは一切ないのに、心の奥に潜んでいるかもしれない己の残虐性に、恐怖を覚える。
「悠日ぃ! 全然歌ってないじゃん、ほら、次、歌え!」
テーブルの向こうから、木村が悠日にマイクを突き出してきた。嵐の『WISH』のイントロが流れている。歌うような気分じゃないけれど、盛り上がった場の雰囲気を台無しにするのも忍びない。悠日はしぶしぶマイクを受け取って歌い始めた。
もう一度、央のほうに視線を送る。央は、郁たちと注文したクリスマス限定のチョコレートパフェを楽しそうに写真に収めていた。悠日の歌には興味がなさそうだった。
央とは一言も話せないまま、無情にもクリスマスパーティーは幕を閉じた。
(つづく)
↓第10話
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