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飛行機搭乗におけるマスク拒否と異性装

①マスク拒否問題について

先日、広島県のある市会議員が、航空機の搭乗時にマスクを着用することを拒否したことを理由に搭乗を拒否されたことが、ニュースになりました。この市議はマスク着用の意義がないことを講演などでも訴えており、航空会社がマスクを着用しないことを理由に搭乗を拒否するのは憲法違反だと主張しているといいます。報道では明らかにされていませんが、この場合の憲法違反とは自己決定権(13条)のことをいっているのだと思います。

第13条 すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で、最大の尊重を必要とする。

日本国憲法

法律的な議論を前提とするまでもなく、このような主張に違和感を感じるという人は少なくないと思います。仮にマスク着用が自己決定権の問題になるのだとしても「公共の福祉」という制約を伴うことは中学・高校から私たちが学んできた共通理解ですし、後段にあるようにこの条文はそもそも公権力に適用されるものですので、航空会社との関係では基本的には範囲外と考えられます。

安全運航の確保やハイジャックなどの抑止の観点から、航空法では機長に強力な権限が与えられています。以下のように最終的に機長は法律の要件に従って必要な場合は乗客を降機させることができます。このようなルールは国際的にもスタンダードとされており、実際にアメリカなどでもマスク着用を拒否した乗客が降機させられた事例が少なからず見られます。

第73条の4 機長は、航空機内にある者が、離陸のため当該航空機のすべての乗降口が閉ざされた時から着陸の後降機のためこれらの乗降口のうちいずれかが開かれる時までに、安全阻害行為等をし、又はしようとしていると信ずるに足りる相当な理由があるときは、当該航空機の安全の保持、当該航空機内にあるその者以外の者若しくは財産の保護又は当該航空機内の秩序若しくは規律の維持のために必要な限度で、その者に対し拘束その他安全阻害行為等を抑止するための措置(第五項の規定による命令を除く。)をとり、又はその者を降機させることができる。

航空法

業界団体の指針である「航空分野における 新型コロナウイルス感染拡大予防ガイドライン」でも、「旅客がマスクの着用を拒み、乗務員の業務の遂行を妨げ、その指示に従わない等の場合(乗務員が事情を伺っても意図的な無視・沈黙がなされ、適切な対応を取ることができない、など)には、航空会社の判断により搭乗拒否する可能性があることを、旅客に対して事前周知すること」とされており、報道されている経緯をみるかぎりでは、今回の航空会社側の対応には問題はなかったといえると思います。

マスクの着用は法律上の義務ではないため、他人が強制すれば論理的には強要罪(刑法223条)に問われる可能性がありますが、上記のように航空法上も機長が強い権限を行使できることに疑いの余地はなく、この場合の安全阻害行為には「航空機内の秩序を乱し、又は当該航空機内の規律に違反する行為」(航空法73条の3)も含まれます。同市議はどうしてもマスクが嫌であればチャーター機を手配して単身客室に乗り込んだり、自家用ヘリなどを用いて移動することは可能であったと考えられ、その意味では必ずしも国民としての権利が一方的に制約されたとはいえないでしょう。

②異性装の場合

それでは、乗客が派手な服装をしたり異性装をしたような場合は、どうなのでしょうか。この場合はあえて憲法に引き寄せて考えるなら表現の自由(21条)の問題となります。この場合も13条と同じように「公共の福祉」の制限を受けるという考え方が通説ですが、一般的には他人の名誉やプライバシーを侵害してはならないのであって、他人に迷惑をかけない限りにおいては認められるとされています。

第21条 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

日本国憲法

男性が女性の格好をしたり、女性が男性の格好をすること自体は、よほど周囲の不快感を与えるものでなければ表現の自由の範囲内であり、何らかの法律に違反するものとはいえません。軽犯罪法では以下に該当した者を拘留または科料に処するとされていますが、ファッションの一環として異性装を楽しむことがこれに抵触するとは考えれないでしょう。

第1条20号 公衆の目に触れるような場所で公衆にけん悪の情を催させるような仕方でしり、ももその他身体の一部をみだりに露出した者

軽犯罪法

実際に異性装の状態で飛行機に搭乗して旅行を楽しむ人も存在し、その姿をブログやSNSなどに公開していたりしますが、日本国内での移動においては明らかに個人の表現の自由の範囲内であり、常識的な服装の範囲内であれば問題になることはありません。人間はそれぞれ個性や価値が異なるものであり、そもそも男性がメンズ服、女性がレディース服を着ることが法律で規定できるようなものでないことから、当然のことかもしれません。

ただし、海外旅行となると事情が異なる部分があり、アメリカやヨーロッパ、韓国や中国などはおおむね問題がないにせよ、イスラム諸国、一部の東南アジアや南米諸国などは、それらの国自体の文化や習慣、性別にまつわる法制度そのそもが異なることから、そもそも入国や出国自体に支障をきたすことも珍しくなく、無事に入国できても国内での旅程にあたっての安全性に問題が出ることもあるため、注意が必要です。

また、海外では他の乗客に不快感を与えるなどの理由で不適切な服装の場合は、実際に搭乗が拒否されている例も少なくありません。アメリカのサウスウエスト航空は胸元を大胆に露出したホルターネックを着た女性の搭乗が拒否され、ユナイテッド航空ではセクシーなレギンスを履いた女性の搭乗が拒否された例もあるといいます。何をもって不適切な服装と判断するかは主観的な部分もあるのかもしれませんが、少なくとも客室乗務員や関係者がそのように判断する可能性は皆無ではありません。基本的には、典型的な日本人よりも典型的なアメリカ人の方が派手好みでセクシーな服装を好む傾向が強いことから、日本人の常識の範囲内であれば問題になることは考えにくいかもしれません。

今話題になっている飛行機への搭乗をめぐる論点について、少し触れてみました。マスク着用とドレスコードについてはそもそもルールの立て付けや適用が異なるので、この機会に一度整理してみるとよいかもしれませんね。


学生時代に初めて時事についてコラムを書き、現在のジェンダー、男らしさ・女らしさ、ファッションなどのテーマについて、キャリア、法律、社会、文化、歴史などの視点から、週一ペースで気軽に執筆しています。キャリコンやライターとしても活動中。よろしければサポートをお願いします。