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鳥取藩主池田家の氏神様「倉田八幡宮」

倉田八幡宮の歴史

今回は鳥取県鳥取市馬場に鎮座する倉田八幡宮をご紹介します。
創建年代は不詳。京都の石清水八幡宮を勧請した神社で、承元2年(1208年)の記録に記されている「滝房荘」という荘園が記録としての初見のようです。社領は1,113石余りあり、当時山陰道では出雲大社に次ぐ規模であったと伝わっています。
しかし天正9年(1581年)羽柴秀吉の因幡国入国の際に兵火で社殿を焼失し、社領も没収されてしまいます。
時は経ち江戸時代。鳥取藩主の池田光仲公は倉田八幡宮を池田家の氏神と定め、崇拝しました。そして焼失した社殿を再建し、松並木の参道を新設。現在の神社の形態はこの時定まったと記録されています。

御祭神
●品陀和氣尊(ほんだわけのみこと)応神天皇/第十五代天皇
●帯中津彦尊(たらしなかつひこのみこと)仲哀天皇/第十四代天皇
●息長帯姫尊(おきながたらしひめのみこと)神功皇后/応神天皇の母
合祀/産土神(土地の守り神)八柱

国指定天然記念物の社叢と大イチョウ

境内には約1ヘクタールのダブノキを中心とした照葉樹林が広がっており、自然林を残す森として社叢全体が国指定天然記念物になっています。(昭和9年5月1日指定)その社叢の中でも圧倒的な存在感を放っているのが、社殿東側にある「大イチョウ」です。樹齢は凡そ千年と伝わっており、高さ約40m、樹周り約11mもある巨木です。天正9年(1581年)羽柴秀吉が因幡国に入国した際、社殿は兵火にかかり消失してしまいますが、この時大イチョウが水を吹き出し現在の神域を大火から守ったという言い伝えがあります。正に御神木です。
2022年(令和4年)6月27日には、この大イチョウが落雷で焼けるという騒動がありました。木の内部で火がくすぶり続け、幹が裂けたり枝が折れたりと被害が出ました。しかし消化活動の甲斐もあり、大事には至らず大イチョウは現在も堂々と聳え立っています。
この時もまた、御神木が身代わりとなり落雷から社殿を守ったのかもしれませんね。

こちらが御神木のオオイチョウです。一本立ちではなく株立ちの木です。太い幹や広範囲に張っている根は圧倒的な存在感を放っています。
高さ約40mの巨木は、遠巻きに見ても一際目立っています。

倉田八幡宮の大祭

春季大祭/毎年4月中旬(15日に近い土曜日か日曜日)
秋季大祭/毎年9月中旬(15日に近い土曜日か日曜日)
※大祭日が近づくと神社参道に大祭の日時が記載された立看板が設置されるので、事前に確認しましょう。

それでは今回はこの辺で。まだ紹介しきれていない部分はまた次回投稿します。最後まで拝読頂きありがとうございました。

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