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時代を変える旅に出よう

〇固まる日常

 公立高校に通う釜里省吾はいつものように眠気と戦いながら授業を受けていた。不意になったスマホによって目を覚ます。サイレントマナーにしていなかったか。慌ててスマホを見る。非通知着信。当然、無視。一度切れたが、再び着信。釜里は焦るが、誰もそれを咎めるものはいない。高らかに鳴る着メロ。ボ・ガンボスの『時代を変える旅に出よう』。やむなく電話に出る釜里。「その番号は登録しておいて。今から行くよ、博士」。辺りを見渡すと、クラスメートや教師はまるで何も無かったかのように、こちらを無視している。この大音量で。釜里は気付いた。彼らは皆セピア色に染まり、色が消えている。固まっているのだ。釜里は隣の席のクラスメートに声をかけ、返事がないのを見ると、指で恐る恐る、突こうとした。
「それはマナー違反だよ。時間が止まった相手に触れるのは」教室の戸から大柄な女が出てきた。彼女には〝色〟がある。
「さあ、博士。私たちと一緒に行こう。あんたがいないと、あのマシンの真の力が発揮できないと聞いているからね」

〇謎の女とメッセージ

 女はラミア・ハーブリーと名乗った。身長190センチ近くある筋骨隆々のアフロヘアー。一昔前の特撮戦隊ものの悪の女幹部のような悪趣味な水着のような服を着ている。二者択一でも全裸を選びたいところだ。彼女は言う。「〝あんた〟からのメッセージを預かっている」
 ハッキングされたスマホにファイルが送られてきた。それは高齢の男からの動画だった。

〇送り主の正体は?

 メッセージの主は釜里省吾と名乗った。自分だ。ただし、齢525歳の未来の自分。彼は言う。私たちが住んでいる世界はやがて滅ぶ。この時間軸に存在する世界の消滅は避けられない運命なのだ、と。だが、このまま死を座して待つわけにはいかない。人には、世界には無数の可能性がある。無ければ創ればよい。で、そうすることにした。お前は今から、私の親友ラミアたちと一緒に時空船ザクレロ・ビグロに乗ってある作戦に参加してほしい。その船は特注品で、一部の能力の使用にはお前のDNA承認がいる。私はもう年老いた。時空間を旅する体力はない。お前がやるんだ。世界の存続のために。
 真偽を確かめる術もなく、ラミアにナタを突き付けられ、不本意ながら同意する事になった。その作戦とは。織田信長救出作戦——。

〇敵は本能寺?

 1582年6月21日、本能寺にて明智光秀の魔の手から信長を救出、信長の日ノ本支配を盤石にする手立てを打つ。それが作戦の主旨である。助け出すこと事態は簡単だ、とグミ・ハーブリが言う——普段はラミアの子宮で息を潜める、ゼリー状のスライム型ヒューマノイドでラミアの夫である——。未来の兵器、レーザーガンやフォースシールドで武装したアシガル・シードをばらまき、光秀を返り討ちにすることは簡単だ。数も十分にあるし、〝すでに終わってしまった〟ことなので、敵の攻め方(敵戦力、時間や方角など)も分かっている。問題はその後。この謀反の黒幕や今後の織田家の脅威となる豊臣秀吉や徳川家康を亡き者にする必要がある。そのために、秀吉に家康を討伐させる策を具申する予定だが、受け入れられかどうか。その役目が自分、釜里の仕事だという。未来の自分が発明した品々を使い(本人のDNAロックつき)、事に当たれ。……不安に駆られたが釜里には選択肢がなく、自身の命(ラミアが常に目を光らせている)と、止まった元の時代の時間を動かさなければならない。渋々ながら了承する釜里。だがまったく事を成す自信がない。

〇タイムパラドックス? 別にいいだろう。

 歴史を変えてしまえば、自分の住む元の時代に影響することは必至である。死ぬべき人が生きて、生きていなければならない人が死ぬのだから。だがそんなことなんかどうでもいいとばかりに、ラミアは堂々とその時代の人々の前に姿を現すと、アシガル・キリング・フォーエバーとばかりに殺戮を開始する。
 未来の釜里の主張がどうであれ、〝歴史修正実行者〟のテロリストとして、時空警察機構から手配を受ける釜里たち。光秀の軍勢と未来から来た阻止部隊を相手にすることになり、混沌とする本能寺。さて、現代の釜里は無事元の時代に帰還し、平穏無事な高校生活を取り戻せるのか?

〇時代を変える? 時代を創る?

 歴史のIFを妄想するのは、人の常である。ある意味鉄板のテーマなのだが、時空警察機構が絡んできたあたりから、雲行きが怪しくなってくる。未来の釜里の真の目的とその正体が明らかになった時点で、信長が生存した世界とその影響についておざなりとなってしまったのは残念なところ。だが、軍勢間の戦闘アクションは見事なもので、ラミアの人殺しバリエーション(グミとのコンビネーション含む)はもちろんのこと、未来武器を手にした信長のトチ狂ったはしゃぎぶりは金を払う価値がある。続編はすでに完成済みで、作戦終了後の帰り道に新たな指令が入る。今度は「画家時代のアドルフ・ヒトラーを暗殺せよ」。来年公開予定だそうだ。

2039年9月 日、米、ベルギー共同制作


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