【短編】 夏のビールとセクシーな店員と奴隷
看板に『ビール』とだけ書いてある、古びた店だ。
夏の日差しで熱くなった地面を這いながら、私はやっとの思いで店の引き戸を開けると、いらっしゃいという声が聞こえて、そこで意識を失った。
私は夢の中で、ジョッキビールを注文して口に流し込んだが、何杯飲んでも喉の渇きは癒されない。
「まあ、ここは現実じゃないからね……。だけど、夢の中で注文したビール代もちゃんと貰うわよ」
そう喋るのは店員の女の子で、私のテーブルの上にどっかり座りながら、短いスカートから出た長い脚を組みなおした。
「それに、あたしのセクシー料金も追加で発生する場合があるから注意してね」
私はとくかく喉が渇いていて、現実に戻ってビールが飲みたいだけだ。
「現実に戻るためにはあたしのキスが必要で、そのセクシー料金は千円です」
キスは好きな人としたいから、それ以外の方法でお願いします。
「まあ、金属バットで殴る方法があるけど、凄く痛いし、料金も高いし……、それに、何となくキスを拒否されたあたしの立場はどうなるの?」
君の立場は知らないし、方法は何でもいい。もう喉が、砂漠みたいに干上がって死にそうなんだ……。
目が覚めると、夢の中で会った女の子の店員が私を見下ろしていた。
「あたしの膝枕はどんな感じ? 膝枕の料金は三千万円です」
もう何でもいいよ。
「夢の中のビール代と、あたしのキスや金属バットや膝枕などのサービス料金を合計すると、一億円ぐらいになります」
ここがぼったくりの店だということは分かったから、人道的な観点から、私にビールを一杯下さい。
「じゃあ、現実に帰ってきたあとの一杯目のビールは無料にしておくわ」
私はジョッキビールを喉に流し込もうとしたが、ぶるぶると手元が狂って、半分以上のビールが体にこぼれてしまった。
「二杯目のビールは二億円で、三杯目のビールは三億円になります」
結局、私はビールを四杯注文して、合計で十億円の会計になってしまった。
「たぶんお兄さんは十億円も払えないから、われわれの奴隷になってもらいます」
ポケットの中から小銭を全部出すと、十円玉一枚と、五円玉一枚、そして一円玉が六枚だから二一円しかなかった。
「この世界のレートでは、お兄さんの世界の一円が一億円に換算されるの。だからお兄さんは二一億円の大富豪。これじゃあ、あたしのほうが奴隷じゃない」
なんだかよく分からないが、私は奴隷にされなくて済んだらしい。
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