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【短編】 椎名檸檬の絶望

 檸檬は、庭にあるレモンの花が咲いているときに産まれたから檸檬と名づけられました。
「じゃあそのとき咲いていた花が林檎なら、わたしの名前は林檎になってたの?」
「まあそうかもしれないし、そうじゃないかもしれないけれど、うちの庭にはレモンの木しかないから」
 檸檬に檸檬という名前を付けた人は、庭の見える縁側で、ゆっくりお茶を飲みながらそう言います。
「このレモンの木は、百年ぐらい前にひいひい爺さんが植えたものらしい。好きな女の子のカバンから落ちたレモンをその子に返そうとしたら、あなたに上げるわと言われて、そのまま自分の部屋に飾っていつも眺めていたら、いつしか干からびてしまい、仕方がないから庭に埋めるとこのレモンの木が生えてきたと……。この話が本当かどうかは、分からないけどね」
 檸檬は、会ったこともないひいひい爺さんの顔や、爺さんが好きだった女の子の顔を想像しました。
「わたし明日から、椎名檸檬っていう名前で歌手デビューするの。だから一応、檸檬っていう名前のことを聞いておきたいと思って」
「君は、私がたまたま道端で拾ったダチョウのタマゴみたいなものから産まれた子どもだから、何か引け目(絶望)を感じたりするのかな?」
「もちろん、自分の出生のことで悩んだこと(絶望)もあったけど、あなたはタマゴを自分のお腹で何日も温め続けてくれたし、産まれたわたしと今までずっと一緒にいてくれた」
「あのときは本当に何もすることがなくて、ただの気まぐれでタマゴを温めていたら君が産まれて」
「普通の人は、道端で拾ったタマゴなんて温めたりしない。でも、あなたが温めてくれたから、わたしは今ここにいるの」
「あはは、もうその先は言わなくていいから。歌手デビューすごいね」
 
 檸檬は、プロフィールに不明の項目が多いため謎の歌姫と呼ばれましたが、日本だけでなく世界中で人気の歌手に成長しました。
 
「椎名檸檬さんはタマゴから産まれたという噂がありますが、どうなんですか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない!」
「あ、それ、新曲のタイトルにもなっていますよね?」
「これはある人の口癖で、答えが見つからないとき、わたしの頭に浮かんでくる言葉です。でも逆に質問しますが、もしわたしがタマゴから産まれたのだとして、どう生きれば正解なのでしょうか?」
「はあ、哲学的な質問すぎて何とも」
「その哲学的な質問を、お前が振ってきたんじゃろがい!」

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