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【短編】 ミジンコと寿命とベビーシッター

 ミジンコで潜水艇を作ってはみたものの、どうやってそれに乗るかまでは考えていなかった。
 操縦室に入るためには、自分の体を一万分の一ぐらいまで小さくしないといけない。
「あのう」
 通信機のマイクを通して、ミジンコが私に話し掛けてきた。
「あたしたちは、三日に一回は卵を産んだり、子どもを育てたりするのに忙しくて、あなたに付き合っている暇はないのです」
 そういう文句が出てくるのは当然だと思って、時給一五〇〇円のベビーシッターの女性を雇った。
「いやいや、ベビーシッターもあなたと同じ人間だし、どうやってミジンコの子どもの世話をするんですか?」
 結局、何をするにも、われわれ人間の体を小さくすることが必要だ。
「あたしたちミジンコの寿命は、一カ月ぐらいしかないんですよ」
 人間の体を一万分の一にする技術なんて、開発に三カ月はかかるなと思ったので、ミジンコの彼女から全ての装置を撤去し、迷惑料として百万円を支払った。
「人間のお金は貰っても意味がありません。それより、人間がほとんど来ないような山奥の沼にあたしを放して下さい」
 
 あと三カ月あればと思ったが、ミジンコの彼女の寿命はどうしようもないので、私は彼女をペットボトルに入れて山奥を何日も歩きまわった。
「あれ、いい感じの沼の匂いがします。もう少し頑張って下さい」
 三十分ほど歩くと、確かに小さな沼がある場所に出た。
 私は、ペットボトルのキャップを外して、ミジンコの彼女を沼に放した。
「あなたの研究は狂っているけど、素敵な沼に連れてきてくれたことには感謝します」
 ミジンコの彼女はそう言って小さな手を振ると、沼の中へ消えていった。
 ほっと一息ついていたら、時給一五〇〇円のベビーシッターの彼女が私の肩をトントン叩き、百万円近い金額になっている給料の請求書を見せた。
 雇用契約を解除していなかったから、彼女は山までついてきてしまい、特別手当などが加算されてとんでもない金額になっていたというわけだ。
 でも彼女と結婚すれば百万円は帳消しにしてくれるということだったので、三秒ほど考えたあと、私たちは沼のほとりで結婚式を挙げた。
 
 ベビーシッターの彼女は、三カ月後に家を出ていったが、その間に私は、体の大きさを一万分の一にする装置の開発に成功した。
 私は、もう一度結婚を申込むために彼女を探そうと思うのだけど、まずは一万分の一の大きさから元に戻る方法を考えないといけない。

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