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【短編】 異人と宿屋の少女

 その駅にたどり着くまでに、すでに三十年が過ぎた。
 大都市にあるような大きくて近代的な駅だったが、ホームに係員が一人立っているだけで、他の乗客は見当たらない。
「ペロ行きは、このホームでいいのかな?」
 心配になって私が駅の係員にそうたずねると、彼は大きな溜息をついた。
「ペロ行きは三年に一回しか運行していませんし、それは昨日この駅を通過したので、次は三年後になりますが」
 ああそうですか、と私は力なく言って駅を出たが、周りにはのどかな農村が広がっているだけだった。
 あと三年間、私はどうやって過ごしたらいいものかと考えながらトボトボ歩いていると、赤い帽子の少女が話しかけてきた。
「ねえ異人さん、あたしに外の世界のお話をきかせてよ」
 物珍しさで話しかけてくる子どもはたまにいるし、私はいつも無視するようにしている。
「あたしの家は宿屋だから、泊まる部屋ならいくらでもあるし、いろいろと仕事もあるから、そのまま働きながら三年間過ごすことができると思うの」

 結局、私は少女の言葉に誘われて、その宿屋に住み込みで働くことになった。
 私の仕事は、薪割りや、料理の手伝いや、シーツ替えといった雑用全般だが、長く旅をして苦労した経験があるから、一応なんでもこなすことができる。
「ねえ異人さん、あたしに外の世界のお話をきかせてよ」
 唯一困ったのは、宿屋の少女が、いつも私に旅の話を聞きたがることだった。
 私は、旅先でいろんな経験をしてきたけど、それを言葉にするのは苦手で、どんなふうに話したらいいのか本当に分からないのだ。
「じゃあ、一番つらい経験は?」
 私は大抵のことには慣れているけど、目的の場所に行けないことが一番つらいから、今でもずっとつらいままだね。
「じゃあ、一番楽しかったことは?」
 ずっと、目的の場所を探し続けるだけの旅だったから、楽しいことなんて考えたこともないよ。

 駅にたどり着いてから三年後、私にもようやくペロ行きの列車に乗れる機会が訪れた。
「いろいろ調べてみたけど、ペロっていうのはとても酷い場所で、みんなそこへ行ったら絶望するらしいわ」
 あれから三年後、少し成長した少女が、悲しそうな顔をしながら言う。
「あなたが急に居なくなったら、うちの宿屋は困るのよ」
 君たちには感謝しかないけれど、私はペロに行って絶望し、もう一度絶望した世界から何ができるのかを考えたいんだ。
「あなたって、かなり面倒臭い人ね」

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