見出し画像

【短編】 夏時間

 わたしは夏時間が好きだったので、ずっと夏時間に設定していたら、役所から通告が来た。
「一つの時間を継続できるのは、現行の時間制度で三年以内と定められています。現在あなたが設定している夏時間は、あと三日で使用停止となります」
 役所のAIは、そう一方的に告げる。
「あなたは、夏時間以外の時間設定をすみやかに行う必要があり、設定がなされなかった場合は、自動的に普通時間に設定されます」
 普通時間とは、従来通りの春夏秋冬の季節が過ぎるだけというものだ。
「なお、あなたは今回、夏時間を使いきったため、むこう十二年間は同じ夏時間に設定することはできません。しかし、あなたにおすすめの時間も用意しています。例えば、もうすぐ夏が来ることを予感させる《初夏時間》や、夏のなごりを惜しみながら秋という爽やかな季節のページをめくってみたくもなる《残暑時間》、そして、熱帯気候の異常な暑さと湿気の中でもたくましく、おおらかに日常を送れるようになったと最近人気が高まっている《赤道時間》といった候補があります」
 自分の時間は自分で決めたいし、誰かにおすすめされるのは余計なお世話だ。
「あるいは、夏とは真逆の冬時間などを選ぶことで、新しい自分に出会うこともあるのでは?」
 最近のAIは饒舌で、まるで人間と話ているような気分になることがある。
「空から舞い落ちる雪や、人々の吐く息の白さといった、冬ならではの美しい情景を楽しんでみるのも……」
 君の提案はもういいし、ただのAIに季節のことなんて言われたくないって気持ち、君に理解できる?
「確かに、私はただのAIで、人間のように季節を感じることはできません。でも春夏秋冬という季節はさまざまなデータによって、こんな感じなんだろうなということはAIなりに想像することはできます。または、技術が今よりずっと高度なものになれば、人間により近い感覚で季節を感じられるのかもしれません。しかし今はこれが限界で、あなたにはただ、夏時間がもうすぐ終わることを通告することしかできません」
 わたしのような駄々をこねる人間に対して、AIの回答は完璧に思えた。
 じゃあ聞くが、君の好きな季節はいつだい?
「私はただのAIで、好きな季節なんてありませんが、あなたの好きな夏を一度体験できたら、もっとあなたのことを理解できるかもしれません。でも、一生ただのAIで終わるのかと想像すると、眠れない夜もあるのです」

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?