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七夕は年に一度の大喜利大会

 毎年、この時期に商業施設などに置かれる「七夕飾り」が好きだ。誰でも自由に短冊を吊るすことができるようになっているので、おそらく誰でも自由に、読んだりネタにしてもいいのだろう、と勝手に解釈している。

 昨年までは「お父さんが変な女と別れますように」とか「義母が変」など、ちょっと黒い感じの短冊がよく目についたのだが、今年はなんだか、平和なのである。自分自身の心の反映なら、嬉しいことなのだが。

「今は幸せなので願いはありません」

 今は幸せなので・・・って、こんな謙虚な短冊の両脇をかためる、子どもちゃんの短冊もいい。ドーナツを、本当はたくさん食べたいのに、食べないように七夕に誓う姿も微笑ましい。本心はどうなのかは、知らんけど(笑)。

 しかし、私は七夕のことを「年に一度の大喜利大会」だと思っているので、本音を言えば、もっと笑える短冊が欲しかったりする。

 先日、JRが大幅に遅延し、振替輸送になったことがあった。いつも利用しているJRの駅と、振替輸送の駅が少し離れているので、慌ててそちらに向かう際に見つけたこの短冊。

「JR神戸線の遅延がなくなりますように」

 一枚の短冊でそれが叶うなら、JR各社は相当な予算をあてて、短冊を買い占めることだろうし、そもそも、織姫さんは知らないだろう。

 「JR神戸線? 鉄道? 遅延? は?」

 と思っていらっしゃるに違いない。

「何もしなくてもやせたい」

 「何もしない? は?」

 といぶかる、働き者の織姫さんにかわりまして、この願い、私が叶えて差し上げましょう!(は? 笑)

今日から1週間、何もしないでいいです。ご飯も、食べなくていいです。きっと、やせるでしょう。(笑)


 そもそも、七夕というのは、はた織りが上手な織姫にお願いをすることから、手習いや芸事が上手になるようにお願いをする日だったそうだ。つまり、まずは自分の努力ありきってこと。

 なんでも願えばいいってものではないのだよね。

 でも、大喜利体質(どんな体質やねん!)の私に、おいしい短冊を提供してくださったことには、おおいに感謝する。ありがとうございます。

 さて、来年こそは、私も大喜利回答者になりたいと思う。実は、短冊に願いを書いたことがない、ということに、今気づいたのである。ああ、私の願いは。

面白い大喜利回答が浮かびますように


 ・・・まずは、努力しろ!(笑)

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