ことわれない、あの飲み物とコーヒー
わたしがフィリピンをはじめて訪ねたのは、まだ大学生だった1995年ごろのこと。当時、とても驚いたことがありました。どのお宅を訪ねても、きまってコーラを出してくれたことです。
現地の人が「スラム」とよぶような、マニラの海沿いの小屋でくらす家庭を訪ねたときも同じでした。家にはトイレもなく、台所の一角の床にしゃがんで、海にそのまま用を足していました。もしわたしが決して豊かではないくらしをしていたら、「すみませんね、何も出せなくて」とでも言って、お金をつかわずにやり過ごすのではないかと思います。ところが、このお宅のお母さんは「氷と飲み物を買っておいで」と子どもをおつかいにやり、ビニールに小分けにしたソフトドリンクを出して、わたしをもてなしてくれたのです。
フィリピンの人のこうしたもてなしの習慣は、今でもまったく失われていない、この国のすばらしいところだと心から思います。
思い出ぶかいのは、留学先の大学の同級生に、ルソン島北部イフガオ州のふるさとに招いてもらったときのことです。村ではちょうどお祭り(Fiesta)が開かれていました。お祭りの日は、どのお宅に立ち寄ってもごちそうをいただけるといいます。数人の友だちと一緒に、家から家へと訪ねあるき、初対面なのに、おいしいデザートやごはん、時にはお酒までいただきました。
もちろん、最初に出てくるのはコーラです。6軒ほどめぐると、6杯のコーラが胃袋に。でもせっかくのお心遣い、とても残すことなどできません。おなかはがぶがぶになり、口の中は甘ったるく、トイレにも行きたくなって……。「おかわりは?」と言われるとぶんぶん手を振って、もう十分いただきました、とお礼をいいました。
いま思えばこの経験が「とどめ」になってしまったのか。フィリピンで飲み過ぎたコーラが、その後ちょっと苦手になってしまいました。ここ数十年ほとんど自分からすすんで飲んだことはなかったと思います。
48歳になり、いまふたたび同じ大学に留学しているのですが、今度はコーラではなく別のものが苦手になりそうになっています。
それはコーヒーです。
わたしはコーヒー中毒といってもいいぐらいコーヒーが大好きです。ただ、フィリピンで主流の「コーヒー」は、日本でよく飲んでいた、豆からいれるブラックコーヒーとはちょっと違います。こちらの一般的な家庭でよく飲まれるのは、スリーインワンと呼ばれる、コーヒーと砂糖とクリームが一緒になって袋に入ったインスタントコーヒーです。
お湯を入れればすぐ飲むことができ、ベトナムなどでもよく飲まれています。すごく疲れたときなど、この強烈な甘さが「キクー!!」という感じで、とてもおいしい、のですが。これもいただきすぎると、自分が「砂糖人間」になってしまったような気がして、あたまがぼーっとしてきます。「コーヒーをどうぞ」と言われると、「スリーインワンかな……」と、ちょっと身構えてしまいます。本当に失礼な話ですね。
ただ、そのフィリピンでも、中間層を中心に、豆から煎れたブラックコーヒーを味わう習慣が根づいてきたようです。ショッピングモールに行くと、コーヒー豆やコーヒー器具を売るコーナーができていました。スーパーの中には各地のコーヒー豆をひいて売る店ができていて、「ベンゲット」「カリンガ」など、フィリピンの山岳地帯のコーヒー豆も販売されています。
わたしもバタンガス産のローカルコーヒーを買ってみました。300グラムで270ペソほど(約680円)だったと思います。苦みと酸味もあり、なかなか美味しいです。町中ですてきなコーヒー専門店をみることもあり、「うわあ、行きたい」と思いながら、まだ果たせていません。ぜひ近々、マニラのコーヒー専門店をめぐってみたいと思っています。
先日、フィリピンのお友だちのお宅で晩ご飯をいただいた時、コーラをついでいただきました。暑いなか、道を歩いてやっとたどりついたところだったので、すっきりしてとてもおいしく、久しぶりにおかわりしてしまいました。泊めていただいた翌朝、「さあ、コーヒーを飲んで」と出していただいたのは、もちろん甘いコーヒー。これはこれで、この土地の風土にあった飲み物なのかもしれないな。やさしく、あたたかい味にそう思いました。
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