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ヒャッキヤコウ

淡い月が空に浮かぶ。
家々の明かりから聞こえる「鬼は外、福は内」の無邪気な声。
ちかちかと消えかけの街灯が照らす薄暗い道。
その闇の端から湧き上がる形のない靄。
はきとしない形たちはまるで踊るように光を避けて暗闇の道をひらりひらりと渡り歩く。
闇が深くなるほど、無形の靄は形を持つ。
鳥の頭や盥の頭、一ツ目三ツ目、さらには掌に目があるもの、薬缶に足の生えてとたとたと走り回るもの。
見れば見るほど尋常ならざるものたちが、薄闇の中を行列をなして練り歩く。
各々壊れた鐘や割れた笛、穴の空いた太鼓を手に手に、楽しげな合唱を奏でて大路を進む。
塀の向こうの家の明かりからは「鬼は外、福は内」の声。
それに合わせるように踊り囃す異形のものたちの群れ。
淡い月が照らす夜、街灯の明かりは消えて、異形の行列は我が物顔で道を行く。
チャンチャンドンドコピーヒャララ
異形のものたちの楽しげな音に誘われるように、暗がりの中からどんどん不思議なものたちが行列に加わる。
牛頭に馬頭、割れた茶碗に竹箒。
みるみる行列は長くなり、家々の明かりから遠ざかる。
長い列は川のように道を行き、闇から闇へ、月明かりの中を楽しげに踊り囃しながら行進する。
「鬼は外、福は内」
子供たちの楽しげな笑い声、異形のものたちの喧しいお囃子、大通りを走る車の音。
さぁ年が明ける。
わやわやと、異形のものたちが年を越す。
楽しげな笑い声は、闇の中へと消えていく。

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