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両片思い

それは心象風景。
大きな道を挟んで向こう側があなた、こっち側が私。
道はただの道で、大きな亀裂が入っているわけでもないし爆弾が仕掛けられているわけでもない。
でも、この道は渡れないと知っている。あなたも、私も。
どうしてなんて、そんなのこれが私たちの作った世界だからに決まってるじゃない。
ここから一歩でも踏み出せば、夜が押し寄せて私たちを闇の中に連れて行く。
それが怖いわけではないけれど、私はいつもここからあなたの横顔を見ている。
テラスには飽和した海風が吹いて息苦しい。
あなたはいつも海を見ている。私はいつもあなたを見ている。
交差することのない視線。
藍で塗りつぶされるように夜が来る。
互いの家の明かりだけを知っている。
いつも明かりが消えるのはあなたが先。
そして泥を払うように朝が来て、いつもあなたが先に家を出る。
何度も何度も繰り返した景色。
毎日変わらず何の変化もない。海の匂いでさえも。
何度目かのあなたの横顔、その頬に一筋の痕が見えたのは気のせい?
昨日はいつもより長く明かりが付いていた。
私の方が先に明かりが消えるなんてあり得ない。
飽和した海風が溢れ出しそう。
そして今日もまた藍で塗りつぶされる夜。
明かりは付かない。
どうして?
あなたに朝は来るの?
私の明かりを消せないで、泥を被ったままの朝が来る。
テラスに吹く風は凪いだ。
一滴でも雫が落ちれば溢れてしまいそうに満たされた空気。
あなたと視線が交差する。
ばちりと電気が走るような衝撃と、今すぐ走り出したくなる焦燥。
あなたの目から一筋の雫が落ちる。
私の心をすべて暴くように、激しい海風が吹く。
風になびくスカート。
このまま舞い上がって飛んで行けそう。
夜が襲ってくる。
私たちの何もかもを奪おうと夜が。
でも私たちの交差した視線はまるでそれ自体が発光して、誰もそれを止めることはできない。
あなたも私も激しい風に吹かれて、それでも目が離せない。
手を伸ばせばすぐにでも届いてしまいそうな幻。
あなたの涙が欲しい。
ずっと求めていた。
求めていたのは私だけじゃない。
そのまま夜に連れ去られてもかまわない。
テラスの手すりに足を掛けて、その向こうへと踏み出す。
眼下の道はガラガラと崩れ落ちて、永遠の虚無が私を吸い込もうと待ち構える。
あなたと視線が交わったまま、踏み出したはずの私は虚無へと落ちていく。
これは心象風景。
果てのない虚無を挟んで向こう側があなた、落ちていく側が私。
落ちていく。どこまでも。
果てしない虚無を覗き込むあなたの顔が遠くなる。
伸ばした手は虚しく空を掻く。
チクショウ。
またダメだった。
頬に温かい感触。
目を閉じた瞼の裏に映るのはあなたの横顔。
また同じ夢を見るんだ。
あなたが私以外に笑いかける夢を。

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