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水中の世界へようこそ -西表島-

行動して本当によかった。

最近そんな感情が心のそこから湧き上がってくる体験を水の中で、した。


大学生の時、ダイビングサークルを検討するも金銭事情や中耳炎の私にとって海の中への恐怖感がぬぐい切れず、結局行動に至らず。

社会人となり、何度も離島へ足を運ぶ中でシュノーケリングを体験し、海の中の景色に感動する。水の中へより潜っていけたら…と再びダイビングに興味をそそられるも、巷でいわれる耳抜きの難しさにひっかかってしまい水面止まり。

さらに、日本最西端の島与那国島へ旅することになりダイバーの憧れともいわれる「海底遺跡」見たさに今度こそやってみよう、と決断するが島にある全4社のダビングショップいづれも予約がいっぱいで想い叶わず。


しかし、1か月西表島滞在の最後の日、成就した。

滞在中の西表島・大原地区にある民宿から徒歩3分のダイビングショップで。

民宿宿泊のお客様で、そのダイビングショップの店主Sさんとのダイビング目的に来ていた上級ダイバーさんがいた。その方はとても紳士的かつ、日本全国旅をされていて、私の行ったことのない土地の様子を魅力的にお話されている感じに好感をもった。

その方がSさんと共に何度か西表の海を潜っていると聞いて、勝手にそのダイビングショップやSさんに安心感を抱き、即座に予約をした。


西表滞在最後の日。
朝起きて、今日潜るんだ!とわくわくしながら、その日の予定の遂行に気合を入れた。
午前中は久々に仕事で重めのリモート会議が3連続続き、そして最後の民宿手伝いが夕方から夜まである中で、日中空いた3時間に潜るのだ。


午前中の3連チャン、トイレも余裕をもっていけなかった仕事をなんとか終え、急いでダイビングショップへ向かう。


「こんにちはー遠藤さん?いらっしゃいー」

出迎えてくれたダイビングショップのSさんは、私と同年代風でふわふわパーマの髪がお似合い。きれいな小麦色の肌はいかにもダイビングをされている感だった。

そのまま流れるように、潜る際の諸注意や機材の説明をされた後、早速海へと向かった。ショップ兼自宅ということで、奥さん・4歳のお子さんに見送られ、出発した。


程なく、港へつくとSさんは手際よく出港の準備をしながら、船内の説明をしてくれる。ダイビングスポットはここから約15分船で向かった先にある新城島の目の前で、水深は3m程とのこと。


私が16時から民宿で仕事ということで、時間的余裕があまりなかったせいか、出発した船はスピーディーにスポットへと向かった。

15分もかからず、スポットへ着くとフェリーで石垣島と西表島を行き来する際に島の存在は知っていたレベルの新城島がすぐ近くにあり、西表島は遠くに見えた。

まずは慣れるために、Sさんの後を追う形で、船の周りをシュノーケリングで2周することに。スーツに着替え、フィンを履きいざ水の中へ。

水の中に顔をつけていきなり、なんだか怖い。

今までシュノーケリングした時は、岸から泳いでいく形が多く、だんだんと水深が深くなることに心がついてきてくれていたけど、今回はいきなり水深3m。

船から飛び込むといきなり足はつくはずもなく、サンゴ礁が砕けて砂となったという海底の真っ白な見た目が、空虚で今までの海とは全く違う冷たい表情に見えた。

そんな想いにあまり目を向けないように。と意識しながら2周を終えた。
水には慣れてきた、ように思えた。


次に、潜る際呼吸器であるレギュラーターをつけて呼吸の練習をする。船のはしごにつかまりながら、すぐ下の水に顔をつけてみる。レギュレーターは結構重く水中だと余計に重さを感じ、呼吸を練習する以前になかなか口で固定し続けることができない。

「これ、噛んでもよいですか?」「もちろん。」


レギュレーターのゴムを噛んでOKと知り、改めて水中へ。

落ち着いてゆっくり深くを意識しながら何度も呼吸をする。
だんだんと慣れてきて呼吸はできるようになってきた。

すると次に、船から海底まで下した紐をつたい、ゆっくりと潜りながら呼吸そして耳ぬきの練習をする。
紐を挟んで向かいあう形でSさんと共に潜っていく。Sさんがジェスチャーで耳に手を当て、耳抜きを目の前で促される。

私はまるで子ども嫌いな野菜を飲み込む時のように、目を閉じてごっくん。とつばを飲み込み、耳抜きをする。できた。

呼吸と耳抜きを何度か繰り返しながら、少しずつ潜っていく。
Sさんに促される前提でそのサイクルは何とかできてきた。

さらに、深く潜ろうとしていくと目と鼻を覆うマスクに水が入ってきた。
視界が水で遮られ、急にパニックになり、Sさんに対して目を指さし浮上を助けてもらう。

「マスクに水が入ってパニックになりました。」

その時に慌てて鼻呼吸をしてしまい、鼻に少し水が入りキーンと痛みが残っていた。

マスクの水を出すためには、マスクの上面を押さえながら少し顔を上へ向き、鼻から吐くと水が出て行くとのこと。

何度か船のはしごにつかまりながら、練習をする。

鼻に水が入り、体に分かりやすくダメージを負った状態だったこともあり、再度水中で、この作業ができる気がしなかった。
けどやってみるしかない。


再び水中に入りゆっくりと呼吸、耳抜きのサイクルをしながら潜っていく。そして、いよいよマスクに水が入ってくる。

上面を押さえ、上を向き鼻から吐く。自分ではやっているつもりだけど、一向に水は出ていかない。
結局、私は首を横に振りSさんへ浮上をお願いする。

これを3.4回繰り替したけど、マスクから自分で水を出すことができない。

疲労感と自分の不甲斐なさにだんだんと心が折れていっているのが分かった。Sさんも、それを感じ取っていたようで、だんだんと改めてやり方の説明や励ましの言葉をかけえることはしなくなっていた。

敢えて自分からやろう。と私が決心するのを待ってるのだと感じていた。

私は、なんだかもうこの時には、学生時代バレーボール部で厳しい練習をしていた際の根性とか、負けん気とか、そんな青春が蘇ってきたような状態でまさに自分との戦いだった。


時間的にも最後かもな。

と感じながら、どきどきしている心を落ち着かせるために、しばらく沈黙の時間の後、

「やります。」とSさんに言った。


水中へ入る。

呼吸・耳抜きを何度か繰り替えし、さぁマスクに水が入ってくる。
上面を持ちながら上を向き、ゆっくりと鼻から吐く。

少し水が出ていった気がするけど、まだ視界は水でぽよぽよとしている。

その時、Sさんが私のマスクを浮かせてくれ、マスクの下面が海と繋がり空間が広がった瞬間に、鼻から思いっきり吐き出す。

するとマスクの中の視界を邪魔していた水が、ほぼ海へと出ていった。

Sさんは目の前でOKのサインを出してくれた。

私は、今までで1番力の入ったOKサインをした。

視界、気持ち共にクリア。


そこから、耳抜き・マスククリアを3.4回繰り替えしていくと足が海底に足がついた。


数時間前、シュノーケリングで最初に海面から見えた少し冷たいそこは、今足をつけてみると、完全に自分のテリトリーになったような感覚で、異次元すぎた恐怖感からわくわく感へと変化していた。

Sさんに促され、手に付けていた軍手を外し自分の手で海底の砂を触ってみる。すると、水中なのにさらさらとした感触だった。落としてみると海底の砂が巻き上げられて砂埃で白くなる光景がスローモーションのように感じる。

膝立ちをして、より目線を海底に近づけてみると近くのサンゴにいるサファイヤブルー色の魚や骨が透けて見える小魚の群れを同じ目線でまじまじと観察する。なんて美しくて、楽しい。


しばらくその小魚の戯れを堪能していると、その向こうから30センチ程の大きな黒い魚がゆうゆうと近づいてくる。
近くにいた小魚達は、あっという間に離れていく。
大魚は、黒目がまん丸で今までファンタジーのような世界観に現れた悪魔。とは言い過ぎだけど、その大きさも相まってとても怖かった。


そんな体験をしながら、Sさんは周りの魚の名前や状況を水中で書くことができるボードに早書きをしながら説明してくれる。
魚のことだけではなく、「大丈夫?」等と、はじめて水中の世界に足を踏み入れたわたしの状態を逐一確認してくれる。



「今の気分は?」と書いて、ペンを渡される。


ペンを持った私は、慣れない水中での書くという行為自体に少し戸惑いながらも、こう書いた。


「なんか今までの自分じゃないみたい。」

自分で書いてそれを見て、本当にそうだな。と思った。


Sさんは、それを見てうんうん。とうなづきながら、ペンを再び持って、何か書いてくれている。


「水中の世界へようこそ!」


それを見た瞬間、
シュノーケリングで感じてしまった白く異次元すぎた海底の世界やマスクに水が入り視界を奪っていく恐怖が走馬灯のようによみがえって、いまの幸せすぎる状況とのギャップに自分でも驚きながら、この濃密すぎる数時間の体験と感情が心を包みながら水中で泣きそうになってしまった。


あっという間の体験だった。


感情に浸る間もなく、出勤まであと30分という時間で船へと上がった。
Sさんは帰りも結構な爆走で走ってくれたおかげで、仕事開始5分前に民宿に着き間に合うことができた。

帰り際、Sさんは笑いながら、

「潜るのあきらめるかと思ったよ」


私は、お礼と共にしっかり伝えた。

「行動して本当によかったです、感動しました。」



民宿に着いてからも、なんだか静かに興奮している状態で不思議な感覚だった。
当たり前だけど、自分の知らない世界はまだまだたくさんあって今日その中のでずっと気になっていた世界を少し知れたことに幸福感でいっぱいだった。

このわくわく感、幸福感、なんともいえない興奮感を味わえる経験をもっとしたい。

1か月の西表島滞在の最後の日に、こんな感情になれる自分をちょっと見直しながら、民宿最後のお手伝いで夕食の千切りキャベツを切っていた。

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