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陽炎【第一章 再会】

「じゃあな!」

そう言って松坂屋の交差点で良一と別れを告げる。
さて、戦いはこれからだ。

キャリーケースをしっかりと握りしめて戦場の地、ムーンブライドに向かう。

Googleマップで改めて場所を確認する。

徒歩5分、どんなことを楽しもうか考えるにはちょうどいい時間だ。

すでに人気な子であることは分かっている。今日も楽しむだけでは印象にも残らない。

“彼女”は疲れているだろう、そう思い通り道のファミリーマートに立ち寄る。

チョコラBBとスタバのカフェラテを手に取りお会計。

喜んでくれるといいな、そんなことを想いながら歩くと決戦の地が見えて来た。

ホテルに入るところを誰かに見られたくない、柄にもなく恥ずかしさが込み上げマスクをしっかりと付け直しうつむきながら歩く。

ホテルに到着。外の喧騒とは打って変わって静寂な空間で西海岸風の造りだ。

待合室には数名の中年男性が待機しており、視線が合う。

「頑張れよ」「お前もな」。言葉を交わさなくともわかる。彼らは戦友なのだ。

受付には威勢の良いおばちゃんがおり、予約名を告げる。403号室。

昂る気持ちが抑えられなくなりエレベーターに向かうとおばちゃんが一言「券売機でのお会計が先だよ!」。

おっといけない、支払いを忘れるところだった。
クレジットカードを取り出すとまたもやおばちゃんが一言「手数料10%かかるよ!」。

おっといけない、無駄な手数料を払うところだった。おばちゃん、ありがとう。

バタバタと素人丸出しのまま部屋へ入る。
なんてことない普通のホテル。ダブルベッドに洗面台、風呂場があるだけだ。

さて部屋番号を告げねば。再びラブライドへ電話をかける。本日3回目。

時間は16:00を回っていた。
“彼女”と過ごせる時間は50分。ひと時も無駄にはできない。

先手でできることはやっておくのがデキる社会人というやつだ。

早速洗面台の歯ブラシを手に取り歯磨き開始。同時に作戦を脳内で立てる。

シャワーを浴びる時間を短縮すべく、サウナに行ってきたことを強調しよう。すでに清潔な身体であることをアピールすればシャワー時間を削れる。その時だ。

ピンポーン

「!?、到着が早い!!!こちらはまだ歯を磨いているんだ」

大誤算。歯磨きを終えるまで待たせるわけにはいかない。

仕方なく歯ブラシを咥えたまま扉を開ける。

ベージュのワンピースに紺のカーディガン、ゆるく巻いた肩まで伸ばした黒髪。ナチュラルメイクでうっすらピンクのリップ。マスカラでしっかりと上がったまつ毛にぱっちり二重。

ニコニコしながら品のある笑顔で立っていた。
“彼女”の名はしずく。

【第二章 アイスブレイク】へ続く。

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