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総括

(アメリカ大統領選、個人的には最後までトランプ大統領を応援して見届けたいと思いますが、現時点で総括したいと思います。)

とにかく色々な意味で凄かった。開票後にトランプvsバイデンがバイデンwin、トランプvsスペクタクルがトランプwinと書いたが、選挙に関しては都市部を明らかに切り崩したのがマイアミくらいだったり、郊外でもそんなに極端には取れていなかったので、トランプへのランドスライドは起きなかった。

一方で、前回よりも高い支持率の世論調査を示しながらバイデン圧勝を謳い続けたマスメディア、オールドメディアは完全に面目を失った。開票直前に実は2016年の世論調査もほぼ合っていたのだという報道をBBCがしていたが、都合の良い数字を持って来ているだけで、実際にはもっとモロ外しの調査がいくらでもあり、メディアは嬉々としてそれらを流していた。驚くべきは現時点で今回の世論調査も正確だったのだと主張する論客がいることだが、顧みるに値しない。

リーマンショックの時にほとんどサブプライムローンの不正に加担していたとしか言えなかった格付け会社が現在でものうのうと活動しているように、世論調査会社もまた同じように活動を続けていき、人々が忘れることに望みをかけるのだろうが、このこと自体は社会構造的に仕方がない。ただ人々が世論調査の数字を差し引いて考えるようになるだろうというだけの話だが、それは決して小さなことではない。

日本でも、今回のコロナショックと大統領選における報道機関の報道姿勢に嫌気がさして、マスコミ離れを起こした人が多いと思う。彼らは、信じるべき軸がないまま情報の大海に放り出され、まずはフェイクニュースやデマに惑わされるだろう。様々な陰謀論にはまってしまうかも知れない。今回の大統領選でも明らかなデマを拡散している人を目にしたし、注意深くそれらを追ってみても真実に辿り着けるというものでもなかった。まさに、カオスである。しかしこのカオス状態に指針を与えるマスコミの大本営発表はもうないのだし、どこまで行っても相対的な確からしさがあるだけだ。これが新しい現実になっていくだろう。

自分たちの統制が効いていた時代へのノスタルジーから、メディアは必死になってフェイクニュースをこき下ろすだろうし、それらを信じた者たちをリテラシーがないと言って嘲笑するだろうが、そうした試みが効果的であるとは思えない。むしろその種の試みは、新しい大本営発表への欲望となって現れ、次にそのような勢力が力を持つということは人々が疑いを持ちながらある情報に従っている状態であろうから、まさに全体主義的志向と重なってしまう。

それがいやなら僕たちはフェイクニュースを許容しなければならないのだが、実はこれに関しては僕は比較的楽観的である。フェイクニュースは互いに相殺されて、最終的には害が少ないのではないかと考えている。騙される人は確かに出てくるが、明らかなフェイクニュースには都度都度突っ込みが入るし、フェイクニュースがより多くの人の信任を受けた場合には、必然的により影響力のあるメディアやインフルエンサーが乗り出して来て、更に多くの人が検証に参加するだろう。一部カルト化の危険があるのは今に始まったことではない。

むしろ注意すべきは従来のスペクタクル型の権力が自らの威信を回復しようとして仕掛けてくる情報統制である。これはすでにトランプ大統領へのメディア・リンチとして多くの良識ある視聴者の目に触れているが、トランプ大統領はたとえ選挙に負けても一貫してスペクタクル的言説を崩して来たし、今も敗北宣言をせずに「ごねる」ことによって、勝手にメディアの欲望が何処にあるのかを白日の下に晒し続けている。

スペクタクルが統合された、つまりメディアが取り繕った情報「しか」流さなくなったのは1980年代後半からだと思われるのだが、ついにその姿が、光学迷彩に覆われたチラチラと揺らめく蜃気楼としてではなく、人々の眼前にその全容を晒したのである。

たとえドナルド・トランプが人格破綻者だったとしても、極めて歪んだ思想の持ち主であったとしても、誰かが上手い表現をしていたが「単にまだ捕まっていない犯罪者に過ぎない」かのように連日報道し続け、トランプの主張に対しては「なんの根拠もないたわごと」だと決めつけ続けるのは、どう見たっておかしくないか?

おかしくないと考える人も居るのかもしれない。でも報道を見ていてこれは明らかにおかしいと感じた人、それがスペクタクルの正体だよ。水面に姿を現したモービーディックそのものだ。これは厳密には「陰謀」ではない、誰の目にも触れていて、しかしながら多くの人が気づかなかったものだ。しかし時折りその存在を嗅ぎ取った者がそれを「陰謀」なのではないかと考えたために、スペクタクルは逆に「陰謀論」を貶めることで対抗していたのだ。

陰謀なんてあるところにはあるし、世界を覆っているわけでもない。世界を覆っていたのは主体を否定するものとしてのスペクタクルだったのだ。

そして、スペクタクルも存在しない。

そう、スペクタクルは元々存在しないから、スペクタクルと呼ばれていた。人々の目に晒されたら、そのまま溶解するしかない幽霊みたいなものだ。しかしながらこれほど執念深く人々の生に影を落として来たものもなかったのではないだろうか?

今から思えば僕は、モービーディックは居ると言い続けて人々から胡散臭い目で眺められるエイハブ船長だった。だからこそ政治的な立場や国境関係なしにこの大統領選が自分ごとであったし、結果の如何によらず満足している。

トランプ大統領ありがとう!

素晴らしいカウンター・スペクタクルだった!

多分これからは、僕もスペクタクルが「存在しない」かのように歩を進めることができるのかも知れない。ここからトランプ大統領が逆転すると信じる人はアメリカ人の3%に過ぎないみたいだけど、最後まで応援するぞ!


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