息をするように本を読む34 〜米澤穂信「春期限定いちごタルト事件」他3巻〜
米澤穂信さんの作品は映画になった「インシテミル」とか、アニメや実写映画にもなった「氷菓」がよく知られているかもしれない。
米澤さんは、がっつりホラーではないけど、そこはかとなく、いや、結構怖い小説とか、のんびりした雰囲気だけど、青春の甘さと苦さ満載のコージーミステリーとか、ちょっと陰鬱な感じのミステリーとか、いろいろと引き出しが多い。
この「春季限定いちごタルト事件」。
タイトルだけを見ると、甘々青春学園コージーミステリー、と思われるかもしれない。
その予想はある意味では当たっている(いや、どうかな)。
ただ、それだけでは終わらない、内角膝元低めを指してくる、なかなかの変化球なミステリー小説なのだ。
主人公は2人。
小鳩常悟朗くんと、小山内ゆきさん。
物語は小鳩くんの目線で進む。
2人は同じ中学の出身で、この春、同じ高校に入学した。
2人は相思相愛、ではない。どちらかがどちらかに好意を持っている、わけでもない。
2人は共恵関係にあるのだ。
いちおう、ミステリー小説なので語り過ぎはよくないと思う。
でもこの2人の関係については、説明してもストーリーや謎解きそのものに関わらないので、少しはいいだろう。
2人を結びつけているのは「小市民になる」と言う共通の目標。
2人は自分たちのことを「狐と狼」と形容している。
「狐」は小鳩くん。
小鳩くんは推理が大好きだ。何か疑問に思うことがあったら推理せずにはいられない。
そして、その能力はなかなかに大したものである。
それこそ赤い蝶ネクタイをしてやたら大きなメガネをかけた、見た目が小学生の名探偵と張り合えるほどだ。
まあ、小鳩くんの周りで、連続殺人事件や高層ビル爆破事件が起きるはずもなく、ほんのささやかな事件なのだけど、でも、彼はいつも見事に真実を暴き出す。
しかし、ある日小鳩くんは気づいてしまった。
誰もそんなことを望んでいない。
真相を解明したからって、誰も喜ばない。
寧ろかえってウザがられる。
小鳩くんは誰も幸せにしない推理を得意気に披露する小賢しさに気づき、自分が自分で嫌になった。
そして具体的に何が起こったのかは書かれていないが、あるときから小鳩くんは何か事件が起きても絶対に疑問に思わず推理もしない、ごく普通の、つまりは小市民になることを決意したのだ。
そして「狼」は小山内さん。
彼女については小鳩くんより情報が少ないのでよくわからないのだが、どうも彼女の大好物が問題らしい。
小山内さんの大好きなもの、それは「復讐」。
小山内さんは、自分に害を成したものを絶対に許せない。自分にされたことを絶対に忘れない。
どんなことをしても、必ず復讐をする。
そのために頭を働かせ(これがまた、小鳩くんに負けず劣らずよく働く優秀な頭脳なのだ)、周到に準備して必ず仕留める。それが楽しくてたまらないらしい。
中学時代の小山内さんに何があったのかは詳しく語られないので、よくわからない。
しかし、ここまで大好きな復讐をやめて、小市民になろうと決心したということは、よほどのことがあったと思われる。
小鳩くんと小山内さん、2人とも目指すゴールは同じ、誰に恥じることのない立派な小市民。
その目標のために、お互いに助け合うのではなく、お互いを利用することを良しとすることを約束したのだ。
決して目立たず、表に出ず、ひっそりと静かな高校生生活を送ろうと決意を固めた2人だったが、その道はなかなかに険しいようだ。
物語は小鳩くんのひとり語りで進む。なので小鳩くんの性格はよくわかる。
理屈っぽくて、いささか面倒くさい。
小賢しいと言われたのも、よくわかる。
優しい、というわけではないが、ちょっととぼけた感じで悪いヤツではない。
小山内さんは、謎だ。小鳩くんの側からしか描かれていないため、彼女が何を考えているのかよくわからない。
見た目は小柄で下手をすると小学生に見えるほど童顔らしい。髪型は、サラサラ黒髪ショートボブ(小鳩くんは尼削ぎと呼んでいる)。
しかし、どうやらこれは擬態のようだ。ときおり見せる微笑みや目の動きは、普段の子どもっぽさとのギャップで、コケティッシュ、とでも形容するしかないような魅力があるという。なかなかの小悪魔?なのかもしれない。
この2人の、小市民を目指して奮闘する高校生生活が短編の形で淡々と進んでいくが、後ろで全体を流れる大きなストーリーが動いている。
果たして、小鳩くんは自分のいっちょ噛み推理癖と小山内さんの復讐癖を止められるのか。
他3巻のタイトルは、
「夏期限定トロピカルパフェ事件」
「秋期限定栗きんとん事件」上下巻(これは長編)
「巴里マカロンの謎」
という。
いずれもお菓子がタイトルになっているのは、小山内さんが、復讐の次、いや、同じくらいスイーツが大好きだから、なのだ。
毎篇毎篇、彼女が解説付きで食べるお菓子は、とても美味しそうだ。
いちごタルト。モンブラン。シャルロット。クリームブルュレ。胡麻アイスクリーム。りんご飴。パンプキンパイ。栗きんとん……and more。
この本を読んだあとは、必ず甘いものが食べたくなる。
でも、物語は決して甘くない。
本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。
ぜひとも、小鳩くんと小山内さんのエピソードゼロ篇を書いていただけるように米澤さんにお願いしたい。
それから、私は今からコーヒーを入れて何か甘いものを食べようと思う。
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