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息するように本を読む 21 〜三上延「ビブリア古書堂の事件手帖」〜


 私はあまり古書に詳しくない。
 私にとっては本はその内容が大事なのであって、本そのものが持つ価値についてはよくわからないのだ。

 しかし、世の中には稀覯本とか珍本と言われるものが数多く存在する(らしい)。

 何版も重ねた本の数冊しか存在しない初版本、著者自身がサインして特定の人物に送った寄贈本、人気作家がまだ世に出る前に自費で出版した本、著者自身の書き込みがある本、等々。
 そういう本はマニアのあいだで人気が高く、ときには法外な(と私には思える)値段で取り引きされていたりすると聞く。

 そうやって長い年月、多くの人の手を経てきた本には、様々な思いが宿っている。
 それが必ずしも佳いものとは限らない。怒りであったり悲しみであったり失意、絶望であることもある。

 それでも、いや、だからこそなのか、そういう本は人を惹きつけ駆り立てる。その本を見たい読みたい、そして自分だけのものにしたいと願う。
 どうかすると本を手に入れるために人を傷つけたり騙したりする。罪を犯すこともある。

 私から見たら、いかに稀覯本といってもしょせんは紙とインクではないかと思うので、こういう人たちに共感は出来ない。
 でも、その本にまつわるストーリー全てを本ごと独占したいという気持ちが存在することは理解できる気がする。


 この物語の主人公は大輔という就活中の青年だ。
 彼は本が読めない。本が嫌いなわけではなく、幼い頃のある事件のトラウマのせいで、活字を読むと頭が痛くなるらしい。

 その彼が、ひょんなことからある古本屋のバイト店員をすることになった。
 古本屋の名前はビブリア古書堂。
 栞子さんという若い女性が店主をしている。

 栞子さんはとても美しくて頭もいい女性なのだが、類を見ないほどの引っ込み思案で口下手である。
 よくこれで客商売をしていると思うほどだ。

 しかし、その彼女が人が変わったようにすらすらと話をするときがある。
 それは本の話題になったとき。
 栞子さんは、人並み外れた本の虫なのだ。当然、その知識と思い入れは半端ない。 
 背筋をぴんと伸ばして目を輝かせながら、まるで別人のように滔々と本やその著者について語る。そして、語り尽くすまで話は止まらない。

 そのため、この古本屋に雇われたアルバイトはみんな、話し出したらいつ終わるとも知れない女主人の本の話を延々と聞かされることに辟易して、すぐに辞めてしまうらしい。

 栞子さんにとって本は友達であり、家族なのだ。それこそ、呼吸をするように、生きていくために本を読む。

 そんな彼女のもとには、本に魅せられた人たちと本にまつわる様々な事件が集まってくる。
 まるで名探偵のもとに難事件がいつの間にか集まってくるように。

 事件に絡むのは、とんでもない値段のつく稀覯本のこともあるし、ごく普通の本のこともある。
 作品よりもその著者や本の所有者に関わる場合もある。   
 
 作品やその作家たちのジャンルも多岐にわたっている。
 夏目漱石。太宰治。江戸川乱歩。寺山修司。司馬遼太郎。宮沢賢治。シェイクスピア、他にも多数。
 小説だけではない。藤子不二雄や手塚治虫などの漫画本のこともあるし、絵本の場合もある。
 それぞれの本や著者についての栞子さんの解説は素晴らしく、それを聞く(読む)のはとても楽しい。


 古書には、その本に付けられた値段にはかかわりなく、それを今まで手にしてきた人たちの様々な思いが絡み、周囲の人たちまで巻き込んでがんじがらめになっていることがある。
 栞子さんは卓越した知識と鋭い洞察力で、その思いをひとつひとつ掬い上げ寄り添うことで、もつれてしまった謎を少しずつ解いていく。

 大輔は、脚の不自由な栞子さんを手伝って店の仕事をこなす一方で、彼女が本の話をしたくなったときや考えをまとめるときの聞き役として事件に関わるようになり、本の世界の素晴らしさとその奥深さを知ることになるのだ。

 「ビブリア古書堂の事件手帖」はシリーズになっていて全7巻ある。
 概ね、1章でひとつの事件が解決する形になっているが、最後の2巻はそれぞれ長編仕立てになっていて、読み応えたっぷりだ。

 この作品は文庫で出ていて、そのカバー絵はとてもきれいだ。ただ、ちょっときれい過ぎる。
 男性の方はカバー絵を見て少々ためらわれるかもしれないが、それはもったいない。
 ぜひ一度手に取っていただきたいと思う。

 私がたまに行く商店街に小さな古本屋がある。

 ずっと気になっていたのだが入ったことはなかった。
 ちょっと外から覗いてみたことはあるのだが、いかにも常連ぽい人たちで狭い店内がいっぱいなのが見てとれて、入るのは気後れしてしまうのだ。

 実は、この本を読んでから一度だけ勇気を出して入ってみた。
 
 かすかにカビ臭いような独特の匂いがして、棚にも床にも本が山積み、ハトロン紙で包まれた全集は紐でまとめられ、手書きの紙の値札がついている。
 ビブリア古書堂もこんな感じなのだろうかと、わくわくした。
 ただ、店奥にいるのは栞子さんのような美しい女性店主、ではなくて、少し気難しそうな顔をした年配男性店主だった。
 私はちょっとだけ店中を見て回り、そそくさと店を出た。

 今は書店、特に古本屋には厳しい時代だ。出来るだけ長く続けて欲しいと思う。


 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。

 街の小さな古本屋に、そして本に携わる全ての人に、深く感謝する。

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