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【赤の少女と白い虎】 7夜. 宇宙の風

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。・。・。・


春の木洩れ日のさす、見渡す限りの青い空の下。


宮殿の前の広場に、多くの民に囲まれて立つ国王の姿があった。


後ろには臣下と多くの僧たちが連なり、

奥の院の長老の国葬が、おごそかに執り行われた。


鏡池で起きたことは、その場にいた者たちの胸に秘されていた。


最後の瞬間まで、民と国のために
力を尽くした長老を思い、みな泣いた。


紫のベルベットに包まれた棺が進む。

集まった人々は無言で道を開けた。


姫は宮殿の窓から、その光景を眺めていた。


「ねえ、おじいの体はどこにいくの?」


傍らにいた宇宙の風読み師は答えた。

「鏡池で静かに眠られます」

「そう。わたし、毎晩あれからおじいと夢で話してるよ」


「ほう。どんな話をされているのですか?」


「母さまに叱られたこととか、

 新しい舞を習い始めたこととか、

 トランカと一緒に海を見にいったこととか」


「姫さま、そんなに遠くまで?」

「うん、内緒ね。海が好きなの。それに、

 あそこは始まりの地だから」


 姫は無邪気に笑った。


2人は、宇宙の風の風読み師の羅針の間にいた。


真っ白な石でつくられた部屋に、ささやかな机と椅子が2脚。

棚には見たことのない、色とりどりの天然石が並んでいる。

その中のひときわ大きな丸い水晶には、いくつもの虹がさしていた。


姫は、部屋の石の床に彫り込まれた、丸い陣をみながらいった。


「あれはなぁに?」


宇宙の風読み師は、その視線の先をとらえながら答えた。


「あれは宇宙の風の巡りと

 世界のありようを映したもの。

 風読みに生まれた者が代々受け継ぐ、いのちの図です。

 この世に生まれ、生きる全ての人間が

 それぞれにもつ、あらわれです」


「へ〜、そうなんだ」姫は面白そうに、宇宙の風の陣を眺めた。


王国は変わらず平和だった。


しかし

隣国からは、少しずつ何かの歯車がたがえていく様子が伝わってきていた。


よきつながりを保ってきた国同士が、

国の境界線のことで小さな言い争いを始めている。

それが追いかけるようにいくつも届く。


姫の父は、国王として仲裁に呼ばれることが多くなり、

王国を空けることが増えていた。


「ねぇ、風よみ。父さまは大丈夫かしら」

 姫は窓の外を見ながら言った。


「おつらいとは思いますが、お一人ではありません。

 多くの者が支え、そばにおります。ご安心ください」


 風読み師は、足元に眠る白い虎の腹をゆっくりなでながら答えた。

 姫は、宇宙の風の陣の中央にある、赤い座椅子を指さした。


「ねえ、わたしあそこに座ってみたい。いい?」


 風読み師はほんの一瞬、言葉に詰まった。


 しかし、「どうぞ」と静かに微笑んだ。


「ありがとう」


姫は裸足でペタペタと座椅子に向かった。


「お前はそこにいて」


立ち上がりかけた白い虎に言いながら、座椅子によじ上がった。

虎は風読み師を少し見上げて、また横になった。


姫は赤くて丸い座椅子に、あぐらをかいて座り、

そして1回だけ、大きく息を吐き、深く吸った。


両の手でへその上で下向けに三角をつくり、そっと目を閉じる。

それは王家に伝わる、瞑想の印だった。


瞬間、部屋の音がなくなり、世界は静寂に包まれた。


風読み師は、わずかに震える空気に気づいた。

明るい日差しのさす羅針の間が、ほんのかすかに揺れている。

白い虎も風読み師も、なにもいわずにそのまま姫を見ていた。


そして、姫のお腹からゆっくりと白い光が生まれるのを見た。


柔らかく、天井と床にそびえる光の柱のようにのびていく。


それは白い龍となり、

風にゆらめくピンクのガーベラであり、赤い炎でもあった。


一瞬にして世界の色彩すべてが、

めくるめく絵巻物になって、部屋中を埋めつくした。


すべてが一瞬のことだった。


ふぅ、と大きく呼吸をして、姫は目を開けた。


「風よみ、ここ、中心なんだね」


ゆっくりとあぐらをほどいて、姫は座椅子を降りた。


「時々、ここに座ってもいい?」


「・・・はい。私がいない時でも、ご自由にこの部屋をおつかいください」


「ありがとう」

姫はまっすぐに風読み師の目をみながら、小さな声で言った。

そして白い虎と一緒に、外へ遊びに出かけていった。


宇宙の風読み師は、一人と一頭の後ろ姿を静かに見送った。


その日が終わりかけようとしていた時のこと。


人の血と自分の血で真っ赤になった

一人の兵士が、王国に現れた。


つづく。

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