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【赤の少女と白い虎】 5夜. 災いのはじまり

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深い霧が立ち込める夜明け前。

王家の谷にある鏡池に、一族は集った。

銀のローブをまとった何十人もの僧たちが、すでにそこで待っていた。


響き渡るチャンティングの中で、内なる世界をたぐりよせる日。

新たな世界の創造の扉がひらく日。

それは王家に託された、2年に一度の儀式が行われる日だった。


国王の横には18歳になった皇太子の姿があった。

響き渡るチャンティングの中で、国王が静かに立ち上がり、池に近づいた。


「我、ここにあり」


そしてゆっくりとひざまづくと、鏡池の水を額に垂らした。


「この国と民、我らと世界の至福をここに放つ」


この儀式を閉じる、最後の言葉だった。

そうなるはずだった。


突然、一人の僧が物言わず立ち上がった。


その場にいた誰もが、ハッと見上げた。

ローブで顔はみえない。

だが、禍々しい気配がそこにあった。


「お前は誰だ」

奥の院の長老が、口を開いた。


「我、ここにあり」


ゆっくりとローブを開いたその者は、真っ赤な目で人々を見据えた。


「我ここにあり」

そういいながら、ゆらゆらと池に向かって歩き出した。

人々は、ただ凍りついた。

国王だけが、後ろにいた妃と王子たち、姫の前に立ちはだかった。


「そなたは一体・・・」


誰もが恐怖に目を閉じる中、
甲高い笑い声を放ち、
その者の口が赤く裂ける瞬間を
姫は見逃さなかった。


「待っていた。待っていたぞ、この日を」

つり上がった目と裂けた口から、真っ赤な血を流しながら、その者はゆらりと笑った。


「つややかに輝く闇が、いま開かれた。

 翼の王、ここにあり。

 この国の光はいま失われた。

 くつろがれよ。待たれよ。

 世界はひとつ。我の手にあり。

 力をもって、世界はひとつに向かうであろう」


言い終わるのを待たず、最後尾に控えていた騎士の放った剣が、喉元を貫いた。

その者はゴボッと鮮血を放ち、仰向けに沈んだ。


水面に響く、妃の叫び声。

何千年にもわたる王家の儀式が、この日、呪いと血にそまったことを誰もが悟った。


あわや恐怖に支配されかけた瞬間、奥の院の長老が口を開いた。

「みな、心して聞いてほしい。

 わずかだが、時間は残されている。

 さぁ、池のそばへ来るのだ」


つづく。

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