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【赤の少女と白い虎】 9夜.賢者の登場

前回のお話はここから

最初からはこちら

。・。・。・


「なんだ、お前か」

 老婆はじろっと見上げて、ニヤリとした。


「見ていたのなら、お前がやればいいものを」


「ちょうどいま来たばかりなのです」

「ふん、相変わらず嘘が下手だな」


 宇宙の風の風読み師は、ローブをあげて淡く微笑んだ。

「さぁ、こちらへ。国王がお待ちです」

「年寄りをこき使うのも変わらんな」


「こちらです」


 2人は城の秘密の扉に向かって歩き出した。


「情勢は」

「あまりかんばしくありません。備えが日々強まるばかりです」

「そんなことはわかっておる」


 月明かりに照らされた中庭を抜けようとして、老婆はふと立ち止まった。


「ここは、変わらぬ」

 

 誰にいうともなく、しわがれた声で囁くようにつぶやいた。



「さぁ、こちらへ」


石の渡り廊下をさらに抜け、立ち並ぶいくつもの扉を抜ける。


その中のひときわ大きな紋章が刻まれた

扉の前で、風読み師は止まった。


左右に門番の顔をみてうなずくと、兵士はゆっくりと扉を開けた。


中は、高い天井と真っ白な柱がそびえる空間に

いくつものランプとろうそくの光がゆらめいていた。


「おひさしぶりです。母上」


淡いベールの中からゆるりと目の前に、国王が立っていた。


老婆はローブをとった。


中から、美しい銀色の長い髪をたばねた、

端正な顔立ちがあらわれた。


「息災か」

「はい、ご覧のとおり」

 

 国王は静かに微笑んだ。

 その顔には深い孤独と疲れがにじみ出ていた。


「王子と姫は?」

「はい、日々すこやかに」

「ならよい」


国王にうながされるままに、老婆は腰掛けた。

美しいグラスに真っ赤な液体がなみなみと注がれた。

老婆は何もいわずにごくごくと一気に飲み干した。


「このぶどう水は相変わらずうまい」


「はい、民が端正こめて育てておりますので」


 老婆は国王の顔をまっすぐに見た。


「話をきこう」


 国王はふせていた瞳をゆっくりと上げて言った。


「姫と妃をあずかっていただきたい」

 

 もっていたグラスを静かにおいて続けた。


「周辺の国々ではすでに小さな火種が

 いくつも燃え上がろうとしております。

 力を尽くしてきましたが、

 この流れは止められそうにありません。

 私も決断をしなければならない」


「姫と妃を預かったとして、お前は何をするのだ」

「この国と民を守るために生きます」


 国王の顔がわずかに歪んだ。


「戦さをするのか」

「いいえ」


 国王はまっすぐに老婆の目をみた。


「この国と民を守るのです」


「ふん、同じことではないか」


 老婆は横に控えていた風読み師をチラリと見た。


 風読み師は黙って、老婆のグラスにぶどう水を注いだ。


「私がこうして頼れるのは、母上しかいないのです」


 老婆はグラスを空けながら言った。


「風読みよ、お前が見えていることを話せ」


「はい」


 風読み師は膝をついたまま答えた。


「王子はみな、聡明で健やかにお育ちです。

 皇太子は18となり、国の行く末を見抜く目をお持ちです。

 2人目の王子は、王家代々の叡智が色濃く、

 決断する力をお持ちです。

 3人目の王子は、たおやかな心の光が強く、

 世界と人間を信頼し、道を開くお方」


 「ふむ」


 老婆は静かに目を閉じた。

 

 ゆらめくろうそくの下に、

 深い皺とまつげの影が映し出されていた。


「ならば、ぜひもない」

  

 国王を見て言った。


「そなたの頼みを受けよう」




 風読み師の案内で、寝所に向かう途中で老婆が言った。

「あいつは姫のことは知らぬのだな」


 風読み師はランプを持ったまま、歩みを止めず答えた。


「はい、お伝えしておりません」

「ならば、それでよい」


 老婆は中庭を見下ろしながら言った。


「お前の文でだいたい検討はつく。姫は息災なのだな」


「はい、姫さまは・・・」

「言わずともよい」


老婆は、静かに風読み師の言葉をさえぎった。


「わたしの明日の楽しみを奪うつもりか?」


「申し訳ございません」


2人はゆっくりと城の奥に消えていった。



その夜、姫はある夢を見ていた。


つづく。

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