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【赤の少女と白い虎】 6夜. 鏡池の清め

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長老がひとり、池に向かって歩みだした。

その後ろを、家族を抱くように国王が続いた。

それでようやく石のように固まっていた人たちが、生気を取り戻した。


鏡池には、群青色の空が広がっていた。


「王家の血を引くもの、守護のもの、

 この場にいるもの。

 年齢も性別も地位もなく、いまここに等しく。

 手をたずさえるために、立つ。


 我ら、民、国の歩む先に、希望の糸が届いておる。

 みなの胸にいまある、その光を絶やさずに放つのだ。

 祝福を受け取るのだ」


 そういって、鏡池の水面をすくい、

 額と左右のこめかみ、くちびるにふれた。


「我、ここにあり」


そして国王と王子たちから順番に、一族一人ひとりに、静かに祝福をした。

 

「これで最後だろうか」

 国王の言葉に、

「あなた、この娘がまだですわ」

 妃が答えた。


そこには母の膝で、うたた寝している姫の姿があった。

「なんという娘だ」

複雑な顔で見つめる国王の横をすり抜けて、

奥の院の長老が姫のもとに、素早くひざまづいた。


姫の額にそっとふれた瞬間、長老の両目がみるみるうちに見開かれた。

国王は不思議そうに言った。


「どうした?」


長老は何もいわず、妃をみてから、眠る姫を抱いて立ち上がった。

振り返ると、鏡池を見下ろす山々の輪郭がきらめきだしていた。


「姫よ」


長老の一言で、姫の目がゆっくりと開いた。

そして長老の顔をみて、鏡池のパノラマに視線を移した。


「見えるな、あれが」

「はい」

「そうか」

長老は静かに姫の目をみつめながら言った。


「私はこの気枯れをつれていく。

 わかるね。

 ということは、これからいつでも会えるし、話せるということだ。


 お前はさとい。

 よくみて、聞いて、助けをたくさん受け取りなさい。

 そして、思うままにいなさい。

 それ以外のことは気にせずともよい。大丈夫だ」


 そういって、小さなアメジストの数珠を姫に握らせた。

 姫は紫の光を握りしめ、長老の顔をまっすぐに見た。


「はい」


その顔に、幼さのかけらはなかった。


もし、ここに宇宙の風読み師がいたならば。


彼女の髪がゆっくりと舞い上がり、

火の粉があがり、七色の柱となった姫の姿を見ただろう。


あるいは、

いないはずの大きな白い虎が、

姫を守るように前にでていくのを見ただろう。


「さあ、ここまでだ。

 みな、内へ座るのだ」


朝日の中、長老の声で人々は瞑想を始めた。


目を閉じようとした長老の膝に、

姫は勢いよく、ごろんと横になった。


長老は閉じかけていた目を開いて、

姫に小さくウインクをした。


姫は笑って、ゆっくりと目を閉じた。


長老は、二度と目を開けることはなかった。


つづく

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