同病 3

「どうしたのお兄ちゃん」背中から聞こえる声は、勿論この部屋にいる僕以外のただ一人の人間。ここに入れられて顔をチラっと目にしたときに、さえないおじさんだなと感じたその人からだった。リアクションを取らないのも気まずいので、顔を少しそちらに向ける。いや、こんなところに入るような奴が気まずさとか気にすんなよとは思うのだけれど、実際こういう場所の方が、世間を生きる上であたりまえな社交性や人づきあいが普通に発揮されちゃうものなんだ。経験者は語る。

おじさんの方に顔を向けると、そのまま話しても良いと許可されたと感じたらしく、場所に合わないニコニコした笑顔で話し続ける。「入って来てからずっと下を向いて座っているから心配になって。無理に話さなくてもいいんだけど、何か思い詰めているのなら可哀想だなと思って」人の良さそうな丸い顔。少し伸びた白髪混じりの髪の毛。肌の色の具合と張り、手の平の分厚さは、きっと太陽に当たる場所での肉体労働に従事していたんだろうなと思わせる。「いえ。祖母に今日帰ると話していたのに、パクられたから帰宅出来なくなって心配しているかなと考えていて……ありがとうございます」と、答えた。まるでただの世間話。電車を待つベンチで、隣に座る若者の元気がなさそうだから、心配で話しかけたかのようなやりとり。でも、違う。ここには何かをやらかした犯罪者(裁判前だから犯罪者予定、か)しかいない。それでも側から聞いていたら、穏やかとしか言えない会話が成り立っていた。「おじさんはカモって言います。お兄ちゃんは名前は言わなくていいよ。倉庫に盗みに入って昨日捕まりました」穏やかに暴露される犯罪。

本人に聞いた話だから、全てが真実だとは思わない。もしかしたら全て嘘なのかもしれない。カモさんは仕事をクビになり、しばらくホームレスをしていたんだそうな。でも冬が深まり年の瀬が近づき、どうしてもホームレス生活に耐えきれずに、昔仕事で入ったことのある倉庫へ電化製品を盗みに入ったんだそうな。でも最近の倉庫のセキュリティは凄まじい。あっというまに警報が鳴り響き、あっというまに屈強な警備員が飛んでくる。あっというまに警察がやってくる。素人の倉庫荒らしなんて成功するわけがない。暴れたり逃げようとする間もなく即座にお縄。それでも久々に外とは違って、雨風を凌げる場所で眠れるから嬉しいと言っていた。食事をちゃんと食べられて嬉しいと言っていた。ここから出ても行くところがないからどうしようもないと言っていた。


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