静かの海

静かの海

音もない。
ただ漂うだけ。
遠くで聞こえるカモメの声に、
そっと思うだけ。
湿った風が、頬を撫でる。
息は白い。

「静かの海を見に行こう。」
そういったのは私だった。
手はつないだままがよかった。
ひだりの薬指にプラチナの指輪。
外されることのない、暗く重い屍。

「どうしてわたしのものになってくれないの?」
そういっても、苦笑いをするだけで、答えてくれなかった。
今になってははっきりと言われなくてよかった。と思っている。
何か返事が返ってきたら、わたし、息ができなくなるもの。

車の中はあたたかくて、コンビニで買ったカフェラテが湯気を立てていた。
コートを脱いで、セーターも脱いで、ついでにスカートもたくし上げて、
私たちは抱き合った。
海辺に人はいない。
少しくらい裸になっても、誰も見ていない。

海辺の安いホテルくらい、あったはずなのに、
そこにいく時間ももったいないくらい、
いますぐ抱き合いたかった。
待ちきれなかったのだ。
誰にも渡したくない。

息が上がる。
体温も。
声も。
気持ちも。

静かの海は冷たく暗い。
凪が広がる。
わたしの屍。

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