見出し画像

鳴るほど

「もういいや」

彼が言った。目の前には半分ほど食べられたミルフィーユが残っていた。

「ぐるるるる」

二秒後に彼が喉を鳴らす。

「なにそれ?」
「これは僕が満足した時に出る音」

なるほど、と呟いて、残りをわたしが引き受ける。透明な飴がかかったミルフィーユは少しばかり乾いてパサパサと砕けていた。フォークでつつくと、綺麗な表面はあっけなく全て剥げてしまい、下からはピンク色のクリームがまだらに顔を出した。わたしは天からフォークを突き刺して、バリバリと音を立てて砕けたそれをなんとか集めて飲み込んだ。

それが二ヶ月前のことだった。

「もういいや」

彼が今言った。目の前には灰色の空が広がっていた。
なるほど、と呟いて、わたしは鼻の上に落ちてきた雫を眺めていた。空より先に彼が泣いていて、瞬間、雲の中を光が駆ける。

「ぐるるるる」

二秒後に空が喉を鳴らす。神さまはこれで満足か。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?