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少年は4分後この世から消える物語

『押したらなります』

少年はスキップをしている。いつも元気な少年。ルンルンの小学校の帰り道。楽しいことが大好き。好奇心のかたまり。

この少年は数分後死ぬ。

いつもの帰り道に少年は何か変なものを発見した。

「何だ、あれは?」

壁際に何か黒い棒のようなものが数本立っている。

もう少し近付いてみると、人みたいだ。黒い全身タイツのような服を着ている人みたいだ。

人みたい。厳密に言うと人なのかどうかわからない。無表情で生気もなく、よくできた人形のようにも見える。

少年は数えた。「1,2,3,4,…」7人いる。これは一体何なのか?

そして一番の謎は、この7人全員の胸の位置に文字が書かれていることだ。左から順に『え』『す』『こ』『ま』『ろ』『を』『お』

「あのー、何やってるんですか?」

少年は『え』に声をかけた。普通の少年なら不気味過ぎて声なんてかけないだろう。しかし、そこは好奇心少年。この状況がウキウキだ。

ただ『え』は何も反応はしない。他の文字も同様だ。

一体何なんだこれは。悩んでいると『え』の足元に紙を発見した。紙を広げると何か書いてあった。

【押したらなります。4分間遊べます。ただし、4分後は二度と遊べなくなります】

「あのー、どういう事でしょうか?」

何の返答もない。そんな『え』の文字のところをよく見ると、文字が立体的に浮かび上がっている。なんか押せそうだ。

少年はゆっくり押してみた。

すると。

「え」

『え』が「え」と言った。

少年は驚いた。もう一度押してみた。やはり「え」と言った。何という無機質な「え」だ。

少年は順番に押してみた。

「え」「す」「こ」「ま」「ろ」「を」「お」と順番に言った。

少年はにんまりした。今度は逆からさっきよりもスピードを上げて順番に押してみた。

「お」「を」「ろ」「ま」「こ」「す」「え」と順番に言った。

少年はなるほどと頷いた。こうなると少年の好奇心は止まらない。

『え』『ろ』『す』と押してみた。すると「え」「ろ」「す」と無機質音がなる。

そして少年は叫ぶ「エロス!」

少年は満足気だ。その勢いで語り出す。

「あのー、質問なんですけど。サザエさんで一番人気があるキャラクターって何だと思います?」

少年は走り出す。『ま』『す』『お』を押す。

「マスオなわけないでしょ。頑張って5位だよ。サザエさんで一番人気だよ?」

そう言って再び走り出し『え』『す』を押した。

「何でイニシャルなんだよ!」

決まった。少年の脳内では大爆笑だ。さらに続ける。これがスタンダップコメディーだと言わんばかりの口調で。

「あ、ちょっと聞いてくれる?僕さー、学校に好きな子いるんだけどさー、誰だかわかる?」

『お』『す』を押す。

「オスじゃねーよ。メスだよ。いや、メスじゃねーよ!女の子だよ!名前とかわかる?」

『ま』『お』を押す。

「そう、マオちゃん。では、マオちゃんの好きなところはどこでしょう?」

『こ』『え』を押す。

「そう、声。声がいいんだよねー。優しくて、少しねっとりしているんだよねー。もう、耳元でマオちゃんのあの甘い声が聞いたら、たまんないだろうなー」

『え』『ろ』『す』を押す。

「エロス!でもね、明日学校休みだから、マオちゃんに会えないんだよね。あー、マオちゃんに会いたい。ずーとマオちゃんと一緒にいたい。家に帰っても一緒にいたい。お風呂入る時も一緒にいたい。寝る時も一緒にいたい」

『ま』『す』『ま』『す』『え』『ろ』『す』を押す。

「ますますエロス!!!」

圧巻のショータイムだった。しかし、少年は不満の表情を浮かべた。

少年は『を』の前に立った。そして腕組みをした。そう、『を』を使っていないのだ。いや、『を』を使えていないのだの方が正しい言い方かもしれない。この事実は少年のプライドを傷つけた。

少年は『を』を押す。『を』は「を」と無機質に言う。

少年は『を』を長押ししてみた。すると『を』は「をー」と言った。

少年は思いつく。

少年は『を』の長押しを数回繰り返した。

「をー」「をー」「をー」「をー」「を」「をー」「を」「を」「を」「を」「をー--」

「♪コツコツとアスファルトに刻む…」

長渕剛の「とんぼ」だ。やった!少年はゲームの難しい面をクリアしたかのようなやってやった感を顔に出した。

さあ、もう一度あの素晴らしき「を」を聞きたい。少年はもう一度「を」を押してみた。

「あれ?」

ならない。『を』が何も言わない。ずっと無表情だ。

他も押してみるがならない。

どういうことだろう?少年はメモを見た。

「あ、そうか、もう4分経っちゃったんだ。まあ、面白かったからいいか」

少年は満足気に帰ろうとする。

すると勝手になりだした。

一人ずつ、順番に、なりだした。

「お」「ま」「え」「を」「こ」「ろ」「す」

「え?何?」

無機質に、なりだした。

「お」「ま」「え」「を」「こ」「ろ」「す」

7人は動き出した。そして少年を囲んだ。

「お」「ま」「え」「を」「こ」「ろ」「す」

「やだーー--」

時が止まる。

世界の時が止まった。

するとサングラスのオールバックのスーツの男が出てきた。そして語り出した。

「あーあ、やらなきゃこんな事にはならなかったんですけどね。人間、後先考えないと、こういう事になってしまいます。次はあなたかも知れません」

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