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おすそわけ日記 170「自分のため」

午後三時起床。まだ空は青い、なら早いと思う。

ベッドの中でぽかーんとしていたら、じわじわと内側から上がってきた言葉。

「自分のため」


来月、母の着付けと組んだAFPのワークショップ「着物で、AFP。」をカフェで開催するのに、告知文に延々と悩んでいた。

少人数とは言え、この状況で、本当にリアルでやっていいのかな、大丈夫かな?

正解はない。わかっているけど、答えを求めたくなる。

母に聞くと「あなたがやりたいなら、それでいい。」と言われ、

あ、ここしばらくのイライラモヤモヤの代表選手みたいな返事だなと思う。


「じゃあ、お母さんはどうしたいの?」と母に尋ねる。

同時に、私自身にも問いかけている。


お正月に着物が着たい。

綺麗な部屋のシャンデリアにときめきたい。

キレイに装う姿を見守りたい。

美味しいカフェのご飯を食べたい。

AFPのプラクティスをみんなでやりたい。


そう思いながら、この時期の開催に人はなんて思うんだろうとビクビクして。

私は、ずっと誰かの顔色を伺っている。


それを受けての「自分のため」が浮かんだ時、

「私は、内側と外側から自分に栄養をあげたいんだなぁ。」と気づいた。

それが私のしたいことで、ワークショップを開催する理由。


母は、毎日の感染者数を読み上げては心配になっていて、それも十分にわかる。

ただ、私は今、動きたくて、このままだと、ずっとぬるま湯に浸って出れなくなりそうなの。

問題は、ぬるま湯自体じゃなくて、ぬるま湯の中の自分を責める自分なんだよね。


今、動き出すのは、自分のため。

もし、開催日間近になって事態が悪化したら、みんなで相談して日延べにしてもいい。

だから、自分に栄養をあげたいと云う思いを、まずは大切にしたい。


母にも伝える。

「私たちは二本の柱だから、お母さんはお母さんの想いで立っていて欲しい。」


そうして、先ほど、私は気持ちよく、山を動かす気持ちで、告知文を書いた。

冗長なのに言葉足らずな文だけど、自分のための一歩だから。


こうやって書いていると、自分のために動く私を見て、

誰かも自分自身のために動いてくれたらとか、そんな欲も出てくるけれど。

そこ、スパッと切って。

ただ、自分のために、今、言葉にした私、ありがとう。


【#つづく日々に】のタグをつけて、日常で心ときめいたことを投稿する企画をはじめました。日常のよろこびをみんなでシェアしあって、笑顔が増えたら嬉しいです。

今日もおつきあい頂いて、ありがとうございます。

毎日、書く歓びを感じていたい、書き続ける自分を信じていたいと願っています。