見出し画像

短編小説「珍しい病気」

 コウスケは自宅でカレーを作っていた。最近になって自炊をするようになり、料理の楽しさを知った。料理本とかを買うほどではない大雑把な性格のため、目分量とその時の気分で具材を追加していくのがコウスケ流だ。だからカレーも普通ではない。カレールーを入れて煮込んでいる最中に、わさびや辛子、キムチや唐辛子をとにかく詰め込んでしまっている。
「リョウが来るまで、あと少しだな。よし」
 コウスケはこれからやって来るリョウに対してちょっとしたイタズラを仕掛けようと思った。その予行演習を一人二役でやってみた。
「どうぞ、イカのお刺身です」
「うわ〜美味しそう!!いただきまーす」
 リョウが食べる真似をコウスケがやっている。
「めっちゃ歯応えあるね〜」
「それ消しゴムだよ……よし、バッチリだ!」


 玄関のチャイムが鳴った。リョウがやって来た。
「ようこそ〜、さ、入って!」
「お邪魔します」
 リョウは無表情だった。感情を自宅に忘れているのかと思うほどだった。
「適当に座ってて、カレー作ってるから」
「おう」
 コウスケは早速イタズラを仕掛けようと思った。
「カレーが出来上がるまで、これでも食べててよ、イカのお刺身」
 コウスケはニヤニヤした顔が隠せていなかった。
「ありがとう」
 しかし、リョウは表情ひとつ変えず消しゴムをバリバリと噛み砕き、静かにティッシュへと吐き出した。
「え、大丈夫?何かあった?」
「え?」
「いや、なんか今日おかしくね?」
「別に」
 沢尻エリカか。
「それなら良いんだけどさ、今日は何してたの?」
「今日は起きたらもう昼近くになってて、外出て、100円拾って」
 今のところ全て淡々と語っている。それを不思議そうにコウスケは聴いていた。
「TSUTAYA行って、AVと火垂るの墓を借りて家に帰って」
「おまえどんなテンションだよ!」
 これもリョウは無表情だった。
「コウスケの家に行くまでの時間、借りたのを観て、時間になったから家を出たら、アンガールズ田中がテレビのロケやってて」
「え!?マジで!?良いな!なんだよ、もっとテンション上がれよ!」
 コウスケにそう言われてもリョウは淡々と話している。
「で、コウスケの家に到着」
「なるほどね……でもなんかおかしいぞ?」
「そう?」
「あ、そうだ!ちょっとこれ見てよ、じゃーん!遂に4Kテレビ買っちゃいました!画質もめっちゃ綺麗でさ!!」
「へー」
 会話の温度差にコウスケは気まずくなった。
「あ、あと1番伝えたかったことなんだけど、俺、彼女ができました!!よいしょっ!!」
「へー」
「めっちゃスタイル良くてモデルみたいにスラっとしてるんだよね。そして!後ほどこの部屋にも来ます!!」
「……へー」
「なんだよ!もっとリアクションくれよ!」
 コウスケはちょっと不機嫌なまま台所へ向かい、出来上がったカレーを持ってきた。
「まあいいや、カレー作ったから食べてみてよ、最近自炊にハマってるんだよね」
 リョウはカレーを2口、3口食べた後、急に立ち上がった。
「うわっ!!マジかよ!最悪だ!!」
「え?どうした?まずかった?」
「……めざましテレビを見逃した」
「なんだよそれ、今言うことかよ」
「録画し忘れた!」
「録画する番組じゃねえだろ」
 するとリョウは座り込んでガッツポーズをし始めた。さながらゴールを決めたブラジル代表だ。
「よっしゃー!!」
「今度はなんだよ!」
「100円拾ったー!!」
「喜び過ぎだろ!」
 リョウは辺りをキョロキョロとし始めた。
「何時?」
「え?」
「今何時?」
「あー、ちょうど午後6時だね」
「あー、やっぱりな」
「どういうこと?」
「いや、俺さ、午後6時になるとその日のリアクションが飛び出して来るのよ」
「なんだそれ!」
「ちゃんとした病気なんだよ、めっちゃ悩んでんだわ」
 コウスケはリョウの奇病を信じられなかった。
「考えてみろよ……」
 リョウがニヤけた。
「え?」
「こんな怪しい病気にかかって、誰にも信じてくれなくて」
 悲しげな台詞なのにリョウの顔はニヤニヤし過ぎている。
「おまえAV思い出してんだろ!!」
「あーめっちゃ揉みたい……どうやったら治るのかも分からなくて…………なぜ人は戦争をしてしまうのだろうか」
「火垂るの墓見始めたな…」
 リョウの感情のジェットコースターは大暴れしている。

 ピンポーン

 玄関のチャイムが鳴った。
「あ!リョウ、俺の彼女来たよ!紹介するね!」
 コウスケは玄関のドアを開けて、彼女を招き入れた。
「紹介するね、俺の彼女の遥!めっちゃスタイル良いでしょ?」
「うわー!!アンガールズの田中だ!!」
「いや、違うから!!」
「え!本物初めて見た!やっべー!テンション上がるわ!!」
 この状況を飲み込めていないコウスケの彼女はリョウを睨みつけ、部屋を出てしまった。
「あ、遥!ちょっと待って!」
 コウスケの静止にも応じず、彼女はスタスタと足を止めなかった。
「おい、リョウ!どうしてくれるんだよ!遥出て行っちゃったよ」
「うわっ!まずいな!」
「ほんとだよ、まずい状況だよ」
「消しゴムじゃんこれ!!」
「それはもうどうでも良いんだよ!!」
 コウスケとリョウは一旦落ち着いて、状況を整理しようとした。コウスケはこの最悪な状況を生んだリョウに背を向けている。
 重たい空気を破ったのはリョウだった。
「なんというか、めっちゃ綺麗だな」
「だろ?遥は俺の彼女としてもったいないくらいなんだよ」
「良いな〜俺も欲しい、俺にちょうだい」
「あげないよ、なんで俺の彼女をあげるんだよ」
 コウスケがリョウに視線を向けると、リョウは4Kテレビをじーっと見ていた。
「テレビかよ!」
 その時、コウスケの携帯電話が鳴った。遥からだ。
「もしもし?遥?ごめんね!俺の友達が失礼なことしてさ!」
 必死にコウスケは謝っている。
「え?別れよう?え?ちょっと待ってよ、話を聞いてくれよ!」
 コウスケはそう言い終えると携帯電話を耳から離した。
「切れた」
 コウスケは肩を落とした。その怒りはリョウへと向けられた。
「おい!いい加減にしろよ!!リョウのせいでフラれたじゃんか!!」
「マジで!?おめでとう!!良かったじゃん!!お幸せに!!」
「バカにしてんのか!!」

 するとリョウはいきなり喉を押さえ出した。激しく咽せている。
「リョウ、どうした?」
 リョウは声も出せないくらい咽せている。自分の携帯電話を取り出し、適当にメモ帳アプリを開いて文字を入力して、コウスケに見せつけた。

 辛すぎる!!

 コウスケはありったけの感情を込めて
「いや、こっちのセリフだよ!!」
 と、怒った。




 読んでいただきありがとうございました!おもしろいと感じていただけましたら、スキ、コメント、SNSでの拡散、購入でご支援をいただけましたら幸いです!

ここから先は

0字

¥ 100

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?