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短編小説「あわない」

「大事な話がある。駅の地下改札前に来て」
 1ヶ月ぶりにナツキからLINEが届いた。
 もう分かっている。そういうことだ。

 20歳の冬、少し風邪気味だったがナツキからのメッセージを無視するわけにはいかず、俺は暖か過ぎる格好で駅へ向かった。

 ナツキとは3ヶ月前に付き合った。大学のサークルで出会い、ナツキから告白してくれた。ナツキと友達から恋人になるのに躊躇いは無かった。
 付き合ってから、上野に行ったり、横浜に行ったりした。大学から駅までナツキと歩くのことでさえデートになった。
 しかし、クリスマスを終えた翌日から、連絡をしなくなった。なぜかは分からない。
 おそらく、クリスマス中に俺が何かやらかしたのだろう。自覚はないけど。

 ナツキとの待ち合わせ場所、駅の地下改札前で俺は独り立っていた。空はオレンジ色から藍色になろうとしていることだろう。
 改札からは乗り換えを急ぐ大学生やおそらくこのまま帰宅するであろうサラリーマンが溢れ出ていた。
 断続的にその群れがやってくる。俺はその中からナツキを探した。

 いくつかの群れをスルーして、ナツキを見つけた。ナツキも俺に気がついたらしく、耳からイヤホンを取ってこちらへ歩いてきた。
「おまたせ」
「どっか店でも入る?」
「いや、いいよ。あ、じゃあ、そっちの広いとこ行こう」
 俺たちは駅構内にある開けたスペースへ移動した。

「で、大事な話って?」
 わかりきっているのに、知らないふりして聞いてみた。
「うん、私たち、合わないよ」
 とても言いづらいそうに、頑張って絞り出したような声でナツキが答えた。
「そうか、どういうところが?」
「うーん、私が思っていた人じゃなかったというか、タイプじゃなかったというか」
 結論を吐き出した後のナツキは肩の荷が下りたような様子だった。
「うん、だからどういうところが?」
「例えば、リョウくんはお酒飲まないでしょ?」
「うん」
「あと、タバコも吸わない」
「うん」
「お酒飲み合える人が良かったというか、あと、タバコ吸う人が私はタイプ」
「へー、そうなんだ」
 酒は飲めるが健康上の目的で俺は飲まない、タバコなんてもってのほか。
「あと、ピアスしてないじゃん?」
「え?」
「ピアス。私、ピアスしてる人が好き」
 これは俺が振られる珍しい理由の第1位を更新しました。
「あ、あと、クリスマス前にテスト勉強疲れたね〜みたいなLINEしたじゃん?」
 そういえばしたような気がする。
「その時、私はスタンプを31回連打して送ったじゃん?」
 あれか!あのなんかよく分からない舞妓さんのスタンプか!
「あの時、リョウくんは、嫌なことあったら俺にあたって良いよ、みたいなこと言ってたけど、そうじゃなくて、あの時は同じようにスタンプ連打してほしかった」
 はい、先程のランキングがまた更新されました。市川海老蔵のブログ並みの更新度だ。
「だから、別れてほしい」
「そうか、オッケー。わかった」
「……ごめんね、わがままで……」
 そう言うとナツキが泣き始めた。
 改札では変わらず大学生やサラリーマンが行き交っていた。
「じゃあ、お互い頑張ろうな」
「うん、私ね、来年の夏に短期留学しようと思ってるの。だからそれに向けて頑張るね」
 なぜかは分からないが、COWCOW多田さんの「いい国作ろう、勝手にどうぞ」のギャグが頭を流れた。さらにコンビニのフリーペーパーが並ぶ棚に「ご自由にどうぞ」と貼られている情景が浮かんだ。
「そうなんだ、語学留学?」
「そう」
 どうせ語学力じゃなくて髪だけ(特に前髪)を伸ばして帰ってくるんだろうなと思った。
「じゃあ、私行くね」
「おう、じゃあね」
 俺とナツキはそれぞれ別方向へ向かって歩き出した。
 地下改札から地上へ出た。俺はスキップをしながら家に帰った。
 道中、目に留まるのはどこもかしこも駐車場だった気がする。


 ナツキと別れて数日後、23時までバイトをしていた帰り、あの駅の地下改札前を通った。
 この場所で別れたな、と歩きながら思い返していると視線の先にナツキがいた。隣には背の高い黒縁メガネのおそらく歳上の好青年が立っていた。
 ナツキと目が合った気がした。
 すると、ナツキは隣の好青年メガネにキスをした。

 俺は立ち止まらずにその場を通り過ぎた。
 地上へ出た後、俺はスキップをしながら家へ帰った。






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