疑心 【第二章 第三話】

 先輩から精力剤専門の薬局を聞いて、そんなお店があるのかと感心しながらも、どこかで疑っている自分がいた。

第三話 疑心

 飲みの席が終わり、帰りの電車に乗りながら『あかひげ薬局』を調べる。コーポレートカラーの赤色に目がいく。サイトには、聞き馴染みのない薬剤や塗り薬、サプリメント名と写真が記載されている。そんな俺でも、親しみやすい単語として『早漏』『精力減退』が書かれている。
 だが早漏はまだしも、精力減退を実感することはない。それに、緊張しているだけの自分が薬に頼るのも気が引けた。これらを直前で塗っていたり、飲んでいたりする自分を想像すると男らしさのカケラもないように思えてしまう。自分が中年ではなく、一応二十代であるわけで。
 そんなことを考えながら、先輩を思い出す。
 ……確かあの人、俺よりも三、四歳上だったよな。
 余計なプライドを持つよりも、目の前にある課題に取り組むべきなのだろう。一度飲んだり使ったりするだけで効力が期待できるなら、変に悩んでいる時間は無駄だ。彼女と三回目の行為に至った際に、同じようなことが起きてしまえば、さすがにフラれる可能性が高い。相手は年下だが、俺の過去五年間を埋めるほどの経験値があるはずだ。飽きられてしまえば、俺はまた恋人が右手に戻ってしまう。それだけは避けたかった。

 翌日の夜、俺はあかひげ薬局の前に立っていた。昨晩、彼女からフラれるのを阻止したいと思いつつも、どんな店なのか気になっていた。その気持ちは、期待ではなく疑心に近い。三十年近く生きてきて、地方にある薬局を知らないならまだしも、全国展開している薬局名が初耳なのも妙だ。
 俺は、自分の目で見たものしか信用したくない。
 仕事が終わったあと、閉店時間を確認して少しゆとりを持って訪れた。赤いコーポレートカラーの主張が目立つが、清潔感のある店構えだ。外から、中の様子がうっすらと確認できる。特にお客さんらしい人はいないように見えた。このとき、一人か二人でもいれば、変に声をかけられる心配なく自由気ままに店内を歩けるが……、まあ滞在時間はそう長くないだろう。
 入店し、辺りを見回す。陳列棚には見覚えのあるもの、そうでないものを含めて、アダルトグッズがたくさん並んでいた。ディスカウントショップ以外で目にしたのは、もしかしたら初めてかもしれない。ある意味で異様な光景に圧倒されながら徘徊する。
 奥のスタッフルームには白衣を着た男性が一人、パソコンの前に座って仕事をしてる。こちらを気にも留めない様子で、何かの作業に没頭しているようだ。構ってほしい思いもありつつ、放っておいてほしいというワガママな心境に立たされた俺は、ジッと彼の様子を窺った。すると、その直後別の部屋からもう一人、白衣の男性が現れた。目が合い、無言のまま会釈される。それに思わず反応し、ふと胸についていた名札に目が留まる。
「あっ」
 咄嗟に出た言葉に、
「えっ」
 と、相手から返される。その人は先輩が言っていた、横尾さんだった。
 お互い妙な緊張感に包まれながら、数秒間硬直していた。どう話を切り出すのが正解なのか分からず、視線を逸らす。
「もし、何かご相談あれば言ってくださいね」
 優しさと誠実さが込められた声色が俺を安心させる。思い切って先輩の話を振ってみようと思った。
「横尾さん……ですか?」
「はい。そうですよ」
「あの、実は……知り合いにここを教えてもらって、その人がお話しされたのが横尾さんだったらしく。なんかあったら聞いてくれって言われて、今日来ました」
 そう言うと、彼ははにかみながらお礼を言った。この会話のおかげで話しやすい空気感が生まれ、俺は率直に悩みを伝えた。パートナーと性交渉しようとすると、勃っていたモノが緊張のせいで萎えてしまい、至らないこと。どうすれば解決できるのか、恥を忍んで彼に投げかける。
「なるほど。久しぶりだと思っている以上に緊張しちゃいますよね。あと、長く性交渉していないと自分一人でやってしまうので、挿入したとき意外と刺激が弱く感じてしまい、射精しないこともあります」
 店内にある様々な商品を紹介してもらいながら、横尾さんは言う。さらには、俺の悩みやその悩みを抱えているゆえに起こりうる、別の問題も教えてくれた。
「なるほど」
「色々お役に立てそうなものはあるんですが、まだお若いと思うので、あんまり高価なものでなくても十分だと思いますよ」
「ありがとうございます」
「うまくいくといいですね」
「そうですね、頑張ります」
「頑張ってください」
 入店した際に疑っていた自分はすっかり影を潜め、俺は店をあとにした。駅に向かう途中、俺はラインを開いた。
『来週の土曜日、ウチ泊まらない?』
 まだ試してもいないが、なんとなくうまくいくような予感がした。

 *

 第四話へ続く。

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