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自己紹介(note開設動機)

note開設動機と自己紹介を。

名ばかり東京生まれ東京育ち、出版営業、新聞社、フリーライターなどを経て現在は編集者です。活字の海をさまざまな角度から泳いできました。人の書いた原稿を整える仕事が主で、大変やりがいがあるのですが、少し欲が出てきたといいますか、黒子に徹しきれなくなってきたといいますか、40代も後半に入り何かを残したくなったといいますか。

「好子はもっと腰を据えて、発信したほうがいい」という旧友の言葉に後押しされ、創作欲を、仕事やリアル知人の場所とは隔絶した場所で、今更ながら発信したいと思います。

小説新人賞に応募し続け(トータル8年ほど)、二次止まり。最終選考は高い高い壁であるものの、素の自分が全力で打ち込んだものに対してその道のプロから評価されるという経験は、自分の中で得難いものであったと思っています。

団塊ジュニア頂点の1973年生まれ。昭和の空気をたーーっぷり吸って育ちました。崖登り、木登り、はないちもんめ、かごめかごめ、あやとり、ゴムとび、ドッヂボール、捨て猫をこっそり飼う、蛇もこっそりバケツで飼う、落とし穴を掘って近所のじいさんに怒鳴られる、アルプス一万尺、ドリフ、たのきんトリオ、聖子ちゃん、カエルの卵を採ってきて裏庭の自作池で大量孵化、体罰容赦ない教師、棒と点だけのテニスゲーム、インベーダーゲーム……遊びほうけました。笑い転げました。ガキ大将として近所の十数人の上に君臨していた好子の「この世の春」はしかし、小学校高学年で転校するまででした。

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よくある話で、転入先の小学校の強めの女子たちのグループに属してしまったことが縁で、それまでのガキ大将ポジションから、みんなに合わせて口角を上げるピエロポジションに。このプライド折られ期が、今でも時々尾を引いている気がします(思春期って怖いですね)。

1クラス約50人、1学年8クラスぐらいのマンモス義務教育の中で、息をひそめて、周囲に合わせて生きてきた。唯一の息抜きは映画館通いと図書館。

団塊ジュニアは人数が多い世代の割に世間のブーム(バブル、OLブーム、女子大生ブーム、JKブーム)は全部外し、受験地獄を経て、大学に入ったと思ったら就職氷河期が始まり、自分の就活時は超氷河期。今、同世代の友人は、仕事、介護、子育てで張り詰めた人ばかり。

一人映画が好きだった私も、出版業界や映画業界を回遊しているうちに同好の士ができ、結婚もしましたが激しい衝突の末、40を前にして離婚。また息をひそめる数年を過ごし、一人の人生を覚悟しようと腹を決めつつあった矢先、出会った今の夫のおかげで、やっと呼吸ができる日々に戻りました。

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淡々と、しみじみと、地味ながら穏やかで、その小さい幸せをかみしめる日々。そんな日々をくれた恋人も言うのです、「好子は一番好きなことをするべきだ。書いて書いて、夢に向かうべきだ」

私に何が書けるというのだろう。よく考えてみました。子どももいないし、本当にただ働いているだけ。人の書いたものを読みやすく直して整えて、相談して納得してもらって、写真選んでタイトル決めて。

そんな平凡な日々が尊い、と思えるまでには年を重ねました。

「五反田好子」の由来は、五反田が好きだからです。

ツイッターは自分の日記的に使っています。

https://twitter.com/GotandaYoshiko

よろしくお願いします。

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五反田好子

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